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① 気がついたら見知らぬ世界へ

木々にわれ空が見えないほどに真っ暗な森。

いたるところからガサガサと草木が揺れる音がして、チチチッと鳥の鳴き声も聞こえる。


熊とかでてきそうな雰囲気。

うう…….鈴があれば怯えて逃げると聞いたから、カバンから取り出そう。


何処にあるかな?

私は草むらをかき分けてカバンを探す。


全く草が邪魔で見えない、見つかるのかこれ?

って、そんなことより!


「何故、私はここに居るのだっけ?」


そうそれだ!今重要なところは自分がここに居るわけだ!

何でついさっきまで忘れていたのだろうか、さっぱりわからない!


森の中を制服で突っ立てる状況だ!

と、取り敢えず、一回落ち着くために深呼吸!


私は息を思いっきり吸う。

…….そしてゆっくりと吐き、そのまま草の上に寝転ぶ。


どうやら周りには人がいない様子。

上を見ても深緑色の木々が波の様に揺れて、昼か夜かも分からない。

ましてや方角なんて把握できる状態じゃない。


「…….頼りになりそうなのは、記憶だけみたいですね」


深い森の中で目を瞑り、記憶を呼び起こす。


確か、大晦日の日のこと。

先輩には“八重しか呼ばれていないのだから、一人でいってくるにゃあ!”と元気な声で見送られる。

私は少し申し訳ない気持ちになりながら、そのまま学校に向かった。


校内には前日に二人で考えていた作戦のお陰で難なく入れたが、中に警備員が徘徊している可能性もあったので慎重に歩いていく。


そして二階の図書室まで誰にも見つからずに辿り着き、先輩から渡されたマスターキーを使って部屋に入った。


部屋の中は、いつもの様に沢山の本たちと古臭い木製のカウンターが出迎えてくれる。違うところといえば、毎日の様に椅子に座って折り紙を折っている、小さい図書委員さんが居ないことくらい。


カウンターの上に目を置くと、黒のねこ…….白色のイヌ、黒いユリの花。様々なモノが彼女の手によって造られている。


よく見たら、犬の首輪部分に生徒会長って書いてある。

確かに会長は日本犬みたいに凛々しい目つきしていているなぁ。


…….もの足りない。

私は“ご自由にお持ちください”と書いてある箱から、オレンジ色の折り紙を取りだし、キツネを完成させる。


そしてキツネの頬に副会長とペンで書いて、イヌの隣に置いたら本命の本探しを始まりだ。


本のタイトルは“獏の夢”。

題名だけだとどんなジャンルかも想像できない。


けれど一番奥の本棚まで吸い込まれる様に一直線に進んで行き、“学生創作本”と印刷されているテープが真ん中に張りつけてある場所で止まった。


この棚には、学生が書いた創作が飾られている。中には、原稿用紙をホチキス止めしただけのものもあり、分野も形式も様々。川口 彩花、もしくは事件に関与した人が製作しているのかさえ知らないのだが。


…….なんとなくここにある気がする。

元々繋がっていた糸が千切れて、失くした部分を補うために違う色の糸を固く結びなおしてしまったような。

そして今更、千切れた糸を愛おしく感じているような。


私はそんな不思議な感覚に見舞われながら、三段目の右から五冊の本を取り出す。

手に取った作品には真っ黒な表紙に“獏の夢”と白い文字で書いてあった。


どうやら一発で見つけてしまったみたい。

これで目的は達成したはずなのに…….まだ物足りない。


……そっか……分かった。


……糸をまだ……結び直していないから。

……糸を結ばないと……駄目なのか。


無意識に身体が本を開けた。

そして、私は読まなければならないという使命感に駆られ、ページに視線を向けた時だった。


ザクッ


突然の出来事で唖然とした。

本棚には赤黒い液体が飛び散って、胸元を見ると銀色の鋭く尖ったものが突き出ている。


そう、誰かに背中から刺されたのだ。

人がいる気配も足音すらない、しかも一発で急所をつけられた。


「うぅ…….ぁああ」


私は激痛が伴いしゃがみ込む。

痛みがなくなるわけでもないのに獣の様に呻かずにいられない。


「ごめ…….みん…….集めて…….」


服が赤褐色に染められ、視線が擦れていったときだった。

若々しいけど、か弱い感じの声が背後から聞こえた。


…….私を刺した人が後ろにいる。

最後の悪あがきに犯人を見ようと、目線を後ろに向けようとしたところで気を失った。


そして、今に至る。


「き、傷は!?」


私は胸元をみて、確認してみた。

傷はできていないどころか、制服に血が流れ出ている痕すらない。


他にもおかしなことがある。

拘束されていないどころか、犯人の姿さえ見えないのだ。


もしかして、死んだ?

この状況からしてそうとしか考えられない気がする。


じゃあ銀の鍵事件は殺人事件。

犯人は私の噂を嗅ぎつけ、証拠隠滅のため犯行に及んだ。


あの手紙は事件のこの森まで連れて行くための罠。とどめは図書館で刺され体はこの近くに埋められている。


…….でも私みたいな素人。

ましてや警察官でもないのに、ここまでするものなのか?


警察は集団自殺と判断して捜査は終わった事件。その警察の判断を私が覆せるほどの年齢、立場では無いのできっと相手にもされない。


だけど私を殺したことによって、彼らはまた調査に動きだすことになり、図書館の本に血が飛んでいて、紙の性質上染み込んで取れないはず。


例え本を処分して血液をふき取ったとしても、血痕も全て消えされる訳じゃないし、パソコンのデーターを見たら、本が無くなったことにも気づくだろう。

それに、今回の犯行だけ背中に銀の鍵を刺して森に埋める理由も分からない。


ますますこの事件についての真相が気になってきた。

犯人に殺されているとしても、現世に居るってことはまだまだ調べられるよね!


「よし!ならまずは森を抜けないとね!」


そう決心して、立ち上がった時だった。

急に後ろから、ザザーっと一際大きい草音が聞こえたのだ。

そして、段々と音が激しくなっていることから、一直線に近づいて来ていること分かる。


「な、なに、熊!?」


私は得体の知れないものが来る恐怖心せいか、反射的に後ろを振り返える。

すると、背後には白くてピンと立った耳を付けた執事服の人が鎌を持ち上げ、こう言った。


「やっと見つけましたよ。八重さん」


聞いたことのある声。

か弱く幼げな声。

私を図書室で刺した人のモノだ。


「全く、探すのに手間取りましたよ。背中に刺したら適当な場所に転送されるとは予想外です」


間違いない。

に、逃げないと。


「何、呆然と突っ立っているのですか?自分は殺されたはずなのに…….とか考えていましたか?それが嬉しいことに貴方も僕もまだ生きていますよ。まぁここで死んだら終わりですけどね」


犯人は薄ピンクの瞳を頬で少し隠し、ニコっと可愛らしく微笑む。

その表情が逆に私の恐怖心をそそのかし、この場から離れたくてたまらなくなった。


後は悔しくて仕方がなかった。

自分が今、犯人に怖気づいていること。

人の恐怖という本能に負けてしまっていることが。


「あっあっ…….」


胸元がバクバク動いている。

心臓はまだ働いている。


そうか……….まだ生きている。

だ、だからっ逃げないとまた殺されてしまう!


足元にあった石を蹴り、わざと草を揺らした。


「な、なにか居るのですか!?まさか異物!!」


反応した白うさが、転がっていった方向に向かって鎌を構える。


よし!引っかかった!

今のうちに走って逃げよう!


そして、私は相手が向かった反対側を走りだした。

追いつかれずに森を抜ければ助かると思ったからだ。


「あっ!まってくださーい!」


彼は雑草のガサガサと騒しい音に気づいて必死に追いかける。


すぐ近くに白うさの声がするけど、今は走ることに集中!

迷いやすい森の中でも一直線に進めば抜けられるはず!


そんな考えが良かったのか分からないが、太陽の当たる場所が見えてきた。


このまま逃げきれば、住宅地かなんか人が居る場所に着いて、助けを求められるはず!

もうちょっと頑張るぞ!


眩しい場所に向かって走った。

怖いと思って、生きていたいと願いながら走っていた。

だけどそんな希望も、絶望も一瞬で消し飛んでしまうことになる。

私は森を抜けたと同時に力を失った。

別に疲れたからじゃない。


…….草原の真ん中に建つ石造りの立派な塀、上の方には黒い筒状の物が点々と並べられていて、空の上には見たことのない球状の白いふわふわした生き物が悠々と飛んでいる。地面にも同じ形の半透明のモノがのそのそと動いていた。


それに塀の上をよく見ると人が居るのだが、服装や見た目が可笑しい。

鎧みたいな服を着ているし、瞳が橙色、ピンク色、青色とか人それぞれでカラフル、顔つきはがっしりしていて日本人みたいに平べったくない。


ここはどこ?日本じゃないの?

手紙は犯人の罠で大晦日の日に殺され、挙句の果てには知らない世界。

銀の鍵事件はどうなった?

そもそも学校はどこに行った?

先輩はどうしている?


頭がグラグラと揺れ始め混乱したから。

知らない場所、知らない生き物が目の前に広がっているから。


「や、やっと…….お、追いづき、まじた!」


白うさは私の肩に手を起き、ぜえぜえと息を切らす。

…….頭の上にある耳が垂れながらぴょこぴょこ動いているような。


気になった私は彼の方を振り返って、頭上の耳をなぞるように触る。


触り心地は、サラサラしていて暖かい。

そして、血管があり脈うっていることが分かった。


…….いや、気のせいだよね。

もう一回確認。

次はうさ耳を口元に近づけ、ふっと息を吹きかけてみる。


「ひゃあっ!や、やめてください!み、耳は敏感ん!」


すると彼は喘ぎだし、ジャンプして一歩下がった。

そして耳を塞ぎ、しゃがんで赤面しだす。


「えっ?本物?」


「はい…そうですよ。容赦ないですね八重さん…….悪魔です。悪魔が目の前にいます。」


私を刺した張本人に言われたくはないような。

…….いや、今はそんなことより。


「あの、貴方がここに連れてきたのですか?」


顔が真っ赤で涙目の白うさは情けない声でこう言った。


「はい……詳しい話は…….街に入ってからにしませんか?」


確かに今は彼に聞きたいことが沢山ある。

後、“それが嬉しいことに貴方も僕もまだ生きていますよ。まぁここで死んだら終わりですけどね”の意味も気になっていた。


「分かりました」


私は白うさに手を差し伸べた。

彼は耳を垂直に立たせ、満面の笑みでそっと優しく手を乗せる。


「では!僕が案内しますね!」


こうして1人と1匹は石造りの建築物に向かって歩いて行った。

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