二番手に落とされた天才の俺は超天才の彼女に何がなんでも勝ちたい。

@root0

第1話

 ───唐突だが、俺は天才だ。何の天才かと問われれば、全てと答える他ない。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群と、非の打ち所がない。何をやっても人並み以上に出来て、競技において優勝以外の成績を取ったことが無い。


 まさに人生イージーモード。天は人に二物を与えずというが、そんなことわざは紛い物だと実感出来る。


 そんな俺に、敵などいない。あらゆる面でトップにたち続けて早十数年。おそらくこの国の未来を引っ張っていくのもこの俺なのだろうと、確信していた。



 ───しかし、そうして築き上げてきた俺の尊厳は、容易く塗り替えられた。



「凄いよ華咲さん!この前の中間テストに加えて全国模試も一位だったんだって?」

「陸上の短距離だってまた日本記録更新したんでしょ!」

「この前クラスの企画でやった好感度ランキングも一位だったし、何かと凄すぎだよね!」

「あはは、ありがとう、みんな」


 控えめに微笑む彼女を、俺は憎悪たっぷりの視線でめつけていた。


 華咲はなさき高嶺たかね。高校に入学した途端、俺をトップの座から蹴落とした女だ。

 走れば俺より早く、試験をすれば俺より点数が高く、街中を歩けば俺より多く声をかけられる。


 そう、あらゆる面で秀でていた俺よりさらに秀でているのだ、あいつは。

 憎たらしいことこの上ない。なので俺もムキになってよく(一方的に)華咲と競い合っているが、未だ白星無し。


 あいつはケロッとした顔で俺の上を行くのだ。ちなみに俺は全国模試二位。短距離は日本二位。クラス好感度ランキング二位。


 そう、この俺が。天才の俺が二番目なのだ。これは許しておくわけには行かない。放置するべきではない。


 絶対、追い越してやるッ!


 こうして、俺はとにかくトップを取るため、華咲に直接勝負を挑むようになった。





「おい、華咲!そっちの体育は終わったか?」

「あ、空野君。もう終わったよ」

「なら、100メートルで勝負だ!」

「え、なんで?」

「なんでもだ!行くぞ!」



 結果────



「0.6秒差で華咲さんの勝ち〜」

「ちくしょうッ!」

空野そらの君、はいタオル」

「おお、ありがとう、華咲………。ってそうじゃねぇ!」





「おい、華咲!この暗算300問のプリント、どちらが先に終わらせられるか勝負だ!」

「うん、いいけど………」

「よし、やるぞ!」



 結果─────



「華咲さん全問正解で、空野より3秒早いね」

「はぁ?!」

「空野は二問間違えてるし、字も汚い」

「うるせぇ!クソッ、自信あったのに!」

「良ければ、コツを教えようか?」

「え、マジか!ぜひ頼む…………ってちがーう!敵に塩を送るな!」





「一緒に夕食を取ろうだなんて、珍しいね空野君」

「フッ、俺が何の理由もなしにお前を夕食に誘うと思うか?」

「誘ってくれても、嬉しいけど」

「え、ああ、そう……。いやいや、それは良いんだ!とにかく、今日はこの超特盛ラーメンで勝負だ!30分以内に食べ切れば無料な上に賞金が貰える。まあ、時間内完食は当然として、先に食べ切った方の勝ち、これでどうだ?」

「ラーメン……」

「あ、女子にラーメン屋なんて、デリカシーなかったか」

「ううん、女子一人だと入りづらいから、かえってありがたいよ。ラーメンは私も好きだし」

「お、おう、そうか。じゃあ、行くぞ!」



 結果─────



「おめでとう、綺麗なお嬢ちゃん!チャレンジャーの中で最速だよ!」

「ありがとうございます」

「また負けた……」

「何言ってんだ、兄ちゃん。俺のこのラーメンは時間内完食自体キツいんだぞ?もっと誇れよ!」

「いや、オンリーワンよりナンバーワンが欲しいんだ、俺は……」

「美味しかったね、空野君。また一緒に来てくれない?」

「ああ、よろこんで……」





 こうして、俺は華咲にことある事に勝負を申し込んだ。思考力や身体能力を競ったり、真っ向勝負から変則的なルールのものまで、それはもう数えきれない程の回数挑んできた。しかし、一向に勝てる気配がしない。


 それでも、俺は意地になって挑戦を続けている。そんな俺達の勝負は、周囲の人間にとっては一種のイベントのようになっていた。


「華咲、今日はシンプルにジャンケンで勝負だ!三本先取した方が勝ち、これでどうだ?」

「うん、いいよ」

「お、またあの二人が勝負するらしいぞ」

「そろそろ勝てよ、彼方かなた〜」

「なんだお前ら、見世物じゃねぇぞ。俺は本気だ!」

「まあまあ、応援するくらいいいじゃん」

「そうだね。華咲さんに唯一対抗出来るとしたら、彼方君ぐらいだし」

「まあ、全敗だけどな」

「うるせぇっつの!いいか、華咲。始めるぞ!」

「うん、いいよ」

「よし、ジャーンケーン!!!」



 結果──────



「…………なんでだ」

「すげぇな、ストレート負けだ」

「運でも勝てないのか」


 ダメだ。心理戦と運が絡んだ勝負でさえ負けるなんて……。


 そう俺が凹んでる間に、華咲は先生に呼ばれて教室を後にして行った。

 これで解散か、という空気が流れたが、不意に一人の男がややこしいことを言い出した。


「なあ、ぶっちゃけ二人は付き合ってんのか?」

「はぁ?!」

「あ、それ思ってた!」

「お似合いだしね〜」


 クラスの奴らは嫌な感じの笑みを浮かべ始めていた。その好奇の視線に耐えきれず、俺は声を荒らげた。


「バッ、そんなんじゃねえっつの!」


 言いながら、俺も教室を後にした。


「あ、逃げた〜」


 クラスの笑い声を無視しながら、教室から早足で離れていく。そうしてしばらく一心不乱に廊下を進んでいった。

 すると───。


「あれ、空野君?」

「は、華咲?!」


 心臓が大きく鼓動を打った。顔が蒸気しているのが自分でも分かる。


「どうしたの?」

「い、いや………」


 いつもなら普通に話せるはずなのに、今はまともに顔も見れやしない。


「すまん、華咲、またな!」

「え、あ、空野君……!」


 そして、俺は逃げるように走った。

 

 クソッ、クラスの奴らが余計なことを言ったせいだ。

 だから、変に意識しちまったんだ……。





 後日────。


「あ、空野君。おはよう」

「お、おう、華咲」

「あの、昨日はだいじょ──」

「すまん、華咲、用事思い出したから、後でな!」

「あ、うん……」


 それから、俺は華咲に勝負を挑むどころか、避けるようになった。

 理由は、俺にもわからない。しかし、きっかけはわかっている。クラスメイトに揶揄された、あの時からだ。


 前まではなんともなかったのに、今では一言交わすだけでも鼓動が早くなる。彼女の一挙手一投足に視線と心を奪われ、気づけば華咲のことばかり考えている。

 それほどまでに華咲に固執しているというのに、彼女と一緒にいるだけで胸が苦しくなる。しかし、華咲と普通に話せないことの方が辛かったりもする。


 なぜ、どうしてこうなってしまったのだろう。思考を回し、答えの在り処を探していた。

 けど、心の底ではわかっていたのだ。この感情には、明確な名前があると。


 ならばもういっそ、全て言葉にしてしまおう。ここ一週間悩みっぱなしの避けっぱなしだったが、きっと華咲ならわかってくれる。


 俺はトップに立つ人間だ。こんなことで怖気付いてなんて、いられない……!





 翌日の放課後───。

 俺は彼女を屋上に呼び出した。しばらく避けていた俺の言葉なんかに応じてくれるだろうかと、少し心配だった。


 しかし、彼女はあっけらかんとして姿を見せた。


「あ、空野君」

「華咲……。来てくれて、ありがとな」

「ううん、大丈夫だよ。それで、話しって何?」


 ──息を呑む。鼓動は今までにないほど早鐘を打っており、痛いほどだった。恐怖も不安も、かつてないほど募っている。


 だが、俺は逃げない。全てを話すんだ


「華咲、俺はお前が嫌いだった」

「え……?」


 彼女は瞳を丸くして、やがて瞳孔を揺らめかせていた。


「生まれた時から中学校まで何をやっても一番だった。これからもそうだろうと思ってた。けど、この学校には、お前がいた」

「…………」

「トップの座なんてあっさり引きずり降ろされた。ショックで悔しかったし、それと同じくらいお前のことが憎かった」

「そう、だったんだ……」


 彼女は顔を伏せ、腕をギュッと握っていた。


「けど、お前と関わっていくうちに、段々そうじゃなくなった」

「え?」

「確かにお前のその才能には嫉妬するし、俺の上にいることに憤りは感じてる。けど、お前自身。華咲高嶺自身には、何の嫌悪感もなかった。才能を驕ることも下手に謙遜することもしないし、その上、優しくて前向きな心を持っている。それに気づいた時にはもう、お前を憎むことなんて無くなってたよ」

「空野君……」

「お前といるのは、純粋に楽しいと感じたんだよ。けど、それだけじゃない。それ以上に、俺はお前のことが、好きなんだ」


 言った。言えたんだ。心の奥底で蓋をしていた感情を、ようやく吐露できた。


「恋ってやつを俺は知らなくてな、自分の中で制御出来なかったんだ。だから、お前のことを避けてたんだ。ゴメンな」


 俺の伝えたい言葉は、全て伝えた。あとは、彼女の言葉を待つのみだった。


「空野君」

「お、おう」

「私の返答、聞きたい?」

「え、あ、まあ、そりゃあな」

「じゃあ、私に一度でも勝てたら答えを聞かせるよ」

「え、ええ?!」


 彼女はいじらしく微笑み、片目をウインクした。


「今まで私を避けていた罰ね」

「マジかよ……」


 そこで一瞬凹むも、俺の本能的なモチベーションがみるみる上がってくる。


「だがまあ、そうだな!ずっと二番手は確かに癪に障る。お前を絶対に追い抜いて、トップの座についてやる!その上で返答を聞く!」

「言っとくけど、私負けず嫌いだからね?」

「負けたことないやつが何言ってんだ。けど、上等だ!今すぐにでも勝負内容を考えてきてやらぁ!」


 言いながら、突風のように屋上を後にし、空野彼方は階段を駆け下りて行った。


 残された彼女は一つ浅く息を吐き、風に乗せるように言葉を紡ぐ。


「二番手、か。そんなことないよ。だって、私の心を一番に奪ったのは、空野君なんだから」


 ──彼と彼女の勝負は、まだまだ続きそうだ。

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