KAC2 「2番目」 本当に、フクロウに意味はなかったのですか?

面影があるかと言われれば、難しい。しかし、目の前にいる女性はどうやら、僕の初恋の人のようだった。

 ただし、厳密には同一人物ではなかった。

「私は、はざまカガリの中学三年生以降の記憶を移植された機械です」

 その声は間違いなく、記憶に残るいつかの間カガリの声と一致していた。どこか不機嫌そうで、ぶっきらぼうで。しかし彼女にしては、丁寧な物言いだった。

「機械……」

 その姿は、言われてみれば二十五歳の間カガリに見えなくもない。加えて、機械にはまるで見えなかった。本当に、人間のようだった。

「二番目の間カガリということになります」

二番目。その言い方はなんとなく不快だったし、あまり適切ではない気がした。気がしただけで、何かしたわけではないのだが。

「そうですね、ニガリとでも呼んでください」

「二」番目のカ「ガリ」。

「……にがりって何か知ってる?」

 最近の機械は出し抜けに意味不明なジョークを言うようにできているのだろうか。そういえば大学時代、所属していた専攻のいくつかの研究室の一つに、大真面目に人工知能のよるジョークを研究しているところがあった。もしかすると、そこの研究成果が認められた形なのかもしれない。

「ニガリさんは僕に何か用?」

 ニガリは薄く笑う。

 その様子に懐かしさが込み上げる。僕の汗ばむ右手を握ったあの日と同じ顔だった。面影は残っていなくても、ちゃんとわかった。

 中学二年の夏、僕らは初めて会話をし、フクロウを見に行った。そして中学の卒業式を最後に、会わなくなった。それが自然な流れであると確信していたし、あの日の彼女も同じように思っていたはずだ。

 はっきり言って、僕は二度と間カガリに会うことはないと思っていた。

 とはいえ、目の前にいるのは間カガリ本人ではないわけで、今のところは何も状況は変わっていない。

「用」ニガリはこくりと頷いた。「伝言を預かりに参りました」

「ん?」

 預かりに? 変な言葉だ。伝言は普通預かってくるものではないだろうか。

 あるいは、技術的な面からしてニガリの言語構築能力に不備があるのかもしれない。しかし、そうではないようだった。

「間カガリに対し、つまり、1番目の私に対してあなたから伝言があると、そう伺っています」

「誰から伺っていると?」

「1番目の私から」

「カガリから?」

 つまり、カガリは僕からの伝言を拾うためにニガリをよこしたということのようだ。

 なぜそんな回りくどいことをするのか、僕には分からなかったし、根本的なところに問題がある。

「悪いけど、僕からカガリに伝えることなんて何もないよ」

 僕は別に、カガリに対して伝言などないのだ。伝えることがあるというなら、そもそも十年音沙汰なしの関係になどなっていない。僕とカガリは無関係という関係だった。

「そうですか」

 ニガリは、残念そうに少しだけ俯いた

「では」ニガリは顔を上げ、改めて僕の顔をじっと見つめた。「私から伝言があります」

「あなたから?」

「はい。私から」

 ニガリは、「私」を強調した。

 機械からの個人的な伝言とはどのようなものか、少しだけ興味があった。

 ニガリの口が開く。

 後になって思うには、僕はこの時点ですぐに立ち去るべきだった。その言葉を聞くべきではなかったのだ。そのせいで僕は大いに困惑することとなった。

「……それだけです」

 言うだけ言ったニガリは一揖すると、踵を返して歩き去っていった。その後ろ姿を眺めながら、僕の思考は急速に動き出す。

 間カガリ。二番目。中学生。卒業式。

 僕と、間カガリと、フクロウ。

 僕らが二人でフクロウを見にいったのは、たった一度だけしかない。記憶の中の彼女は、フクロウのお腹を優しく撫でていた。

 ニガリは、カガリの中学三年からの記憶を持つと言っていた。

――本当に、フクロウに意味はなかったのですか?

 人間と見まがう機械を生み出す技術。その存在を僕は今更のように疑った。

 しかし、慌ててスマホで調べ見つけた記事に僕はより一層混乱することになった。

 それは、弱冠25歳、天才とよばれる間カガリ博士率いる研究チームが、あまりに人間的な機械を生み出したという記事だった。

 結局、僕の前に現れた女性が、何番目の間カガリだったのか、僕には分からない。

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