KACまとめ

結城七

KAC1 「切り札はフクロウ」 意味なんてないさ

 物事全てに意味があるとは限らないよ、と言ったのは誰だったか。

 多分、何かの本に影響された同級生の誰かだと思うが、忘れた。誰であろうと別にどうだっていい。

 じゃあどうしてこんなことを考えているかといえば、その言葉がなかなかどうして確からしいという出来事に遭遇したからだ。

「僕とフクロウを見に行かない?」

 気だるい夏の放課後、人気のない廊下で唐突にかけられた言葉に、私思わず「は?」と言いたくなった。

「は?」

 言ってしまった。

 目の前には知らない男子がいた。なんだか頼りなさそうなやつである。同学年のようだが、同級生ではなかった。

 何を言ってるんだこいつはと私は大いに困惑したが、どうやらそれは私への「好きです」的な告白のようだった。

 なぜそう判断したかと問われればそれはそれで困るのだが、思春期特有の雰囲気ということで納得してもらいたい。ようするに、なんとなくである。ただの自意識過剰なのであれば、それそれで結構。せいぜい、布団にもぐって恥ずかしさに悶えるだけだ。

 ひとまず私は彼をフクロウ少年と名付けた。フクロウ少年は満面の笑みでこちらに右手を差し出していた。

 意中の相手(と仮定して話を進めよう)に告白するにあたり「フクロウを見よう」などという中学生がどこにいるのかとあきれるものだが、じゃあ一般的な告白なんなのだと聞かれたら、私には分からない。分からないし、別にそこまで知りたくもない。普通とか一般的とか糞くらえの年齢なのである。14歳である。

「ええと」私は挨拶がてらオウム返しをすることにした。「フクロウ?」

 牽制パンチで相手の出方をうかがう。

「そう、フクロウ。フクロウを見に行こう」

「は?」

 また言ってしまった。

 フクロウ少年は自分の言葉に何の疑いもないようで、当然という風で微動だにしなかった。

 こういうときどのようなアクションをとるべきなのか私には分からなかったので、ひとまず彼の右手を観察することにした。意味なんてない。

 感想は「汗かいてるなぁ」くらいしかないのだけれど、しばらく黙っているとフクロウ少年が思い出したように付け加えた。

「僕は、君と、フクロウを見に行きたい」

「は?」

 またまた言ってしまった。

 ゆっくり区切って言ってくれたのだが、何の補足にもなっていないぞ少年。

 呆れを通り越して、私はむしろ愉快に思ってしまった。間違いなく不愉快ではなかった。

 そう気づいた時点で、私どうやら負けたのだなと思った。何に負けたのかは知らないけど、とにかく負けたのだ。人生はだいたい勝ち負けでできている。多分。

「わかった」そう言って私は彼の右手を掴んだ。「フクロウ、見に行こっか」

 フクロウ少年はうんうん頷いて言った。「勝った」

 やはり私は負けたようである。喜べ少年。君の勝ちだ。

 じっとり濡れたままの手を繋ぎあって私たちは本当にフクロウを見に行った。わざわざ駅前のカフェまで行った。交通費くらいよこせ。中学生のお小遣いの額なめんな。

「ところで、なんでフクロウ?」

 ぷっくり愛らしくほどほどに人懐っこいフクロウのお腹を撫でながら、私は尋ねた。

 フクロウ少年は少し考えて、そして無邪気に笑った。その汗ばんだ指は何故か私の腕を撫でていた。

「意味なんてないさ」

なんというか、やっぱり私は負けたのだと思った。

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