第1話


「魔王城……教会の近くなんだね。あっという間に着いちゃった。中に入って強い魔物がいたらどうしよう? す、すごく頼っちゃうからね! 私、ものすごく弱いし!」


 魔王城に続く古びた階段を前にして俺と並んで、顔を暗くしている女の子は、自称勇者のスライムですら倒せない最弱勇者。


 最弱勇者……腐った鮮魚と言ってるのと同じだ。なぜ彼女が勇者になれたのかは分からない。


 身長は俺より顔一つ分小さい。1番長くて胸位の金糸雀色の髪の毛を遊ばせて、肩ぐらいの位置で揺らしてる。長い前髪は片側に寄せてるため大人びいて見える。

         

 そんな君は俺の『生きる理由』になってくれるって言ってくれた。


 嬉しかった。


 俺は小さい頃、気づいた時には教会に拾われて、シスターに匿ってもらって生きてきた。


 そう……生きる理由もなく、ただ生きてきたのだ。

 

 俺には、戦うための力がある。小さい頃から純粋な好奇心で教会に訪ねてきた勇者から興味本位で技を教わり、一通り練習して覚えた。


 俺だって戦える。彼女を守れるんだ。


「大丈夫。私は従者です。勇者様を全力でお守りします」

「や、やめてよ。そんな喋り方! 私たちは仲間なんだからね!」


 ムッとした様子の彼女。


 地雷を踏んでしまったな……


「……わかった。じゃあ普通に話すよ。それと、今更だが、俺の名前はロレンだ。宜しくな」

「うん、よろしくねっ。さあっ、元気よく行くよー!」


 あれ? 名乗り返さないのか?


 すっかり機嫌をよくした様子の彼女は、あの魔王を倒すのかと言うほど緊張もしてない様子ですたすたと進む。そして古びた階段を一段踏んだ。


 ……ここは誰もが帰ってこなかったあの魔王城だ。そんな簡単に攻略できるとは思ってない。いつもは教会から遠目でしか見てないが、いざ目の前にし、攻略すると考えるとやはり緊張する。

 

「ちょっと待って。気をつけて進んだ方がいい。なにしろここは普段は誰も近寄らない場所。世界中の人々が恐れる魔王の居城、今までここを目指した勇者様たちは誰ひとり帰ってこなかったんだ。」


 彼女は階段を上がろうとしていた足を止めた。


「そっか」と俯きながら言い、俺の元へとぼとぼと戻ってくる。


 すると、急にキョロキョロと周りを見回しだしたと思えば口を開く。


「周りは魔物だらけかと思ったけどそうでもないんだね。普通の人が結構いるし、思ってたより平和な感じ?」


 古びた階段を向かって左側にある休憩所のような広場に、焚き火を囲んでいる数人の人がいる。


 本当だ。ここは魔境だぞ? こんな所になんで人がいるんだ? ここに来るまでに沢山の人を見た。


 魔王城周辺の一帯を『最果ての魔境』と言うらしい。これはシスターに聞いたことだ。


 緊張してないのか?

 

 ん? それより、あの焚き火で温まってる人……どこかで見たことある気が……


 ……


 必死に考えたが、思い出せそうにない。


「どうしたの?」


 その声で、我に返った。横を向くと、そのには透き通るように白い肌、綺麗な顔立ちをした彼女の顔があった。


 覗き込まれた一様に身を焦がすほど赤く染まっている紅赤色の瞳。


 それが彼女の全てを物語ってるようだ。


「あ、ごめん。ちょっとね……」


「ふぅーん」と、あまり気にしてなさそうな反応をしていたが、突然パッと顔を明るくさせる。


「そうだ! 強そうな人がいたら仲間になってもらおうよ!」

「ああ。さすがに2人じゃ不安だ。実質戦力は俺だけだしな」


 意地悪っぽく言ってみた。


「し、失礼だよ! 私だってできることいっぱいあるんだからねっ!」


 頬を膨らませて言う彼女を見ると、頰が緩む。


 ……そうだ、彼女に聞いてなかったことがあった。


「そういえば勇者の『二つ名』は何だったんだ?」


「ふたつな?」


 首を傾げる彼女。


「たとえば『炎の勇者』とか『怪力の勇者』とか、それ聞けばどんな勇者なのかがわかる『あだ名』みたいなものだよ。君はなんて呼ばれてたんだ?」


 ……


 あたふたとした様子で背を向け、下を向いている。


 まずいこと聞いたか?


「……か」

「……か?」


 それを反復する。


『枯れ枝より弱い勇者。』

「枯れ枝より、弱い……」


 聞いたこともない。こんな二つ名の勇者がいるのか……


 俺は痛ましそうな、視線を送ってしまった。


「で、でも今はがんばって野宿の時とかは枝を素手で折れるようになったよ! もう枯れ枝よりは強いんだよっ!」


 馬鹿にされたと感じたようで紅潮した様子の彼女は、俺の元でムッと頰を膨らませる。


 ……


 枯れ枝より強いことを鼻にかける人を俺は知らない。


「仲間を探そう。生きて帰るために絶対に必要だ……」


 気づいたらそう口走ってた。


「……はい」


 気が沈んだ声だった。やりすぎたな。


 俺たちの間を気まずい雰囲気が漂った。


「……じゃあ行こうっ!」


 その空気を崩すかのように口を開いた彼女は、その場を逃げるかのように焚き火の方へ、さっさと進んでしまった。



 

 


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