勇者VS魔王~女騎士の企み~

小暮悠斗

女騎士は見極めたい

 魔王城の最深部、玉座の間。


「よくぞ来たな勇者よ!」


 不遜な態度で一行を迎える。

 数多くの挑戦者を退けてきた絶対王者のようだ。

 いや、実際に王者なのだ。しかし、ボクシングなどの格闘技の王者ではない。

 世界の覇者、魔王と呼ばれる存在である。


 その圧倒的強さの前に、今まで多くの豪傑が打ち砕かれてきた(物理的に)。

 しかし、今まさに英傑の中の英傑――勇者が魔王に挑もうとしていた。

 勇者アルフォンスは、賢者(魔法使い)、神官、そして――騎士(女)を連れていた。

 多くの魔物を倒し、人々を救ってきた。勇者の一行。


「勇者はさがっていろ」


 女騎士が一歩前へ出る。

 仲間は誰もその行動を止めようとはしない。

 そこには、女騎士に対する絶対とも言うべき信頼が見て取れる。


 それもそのはず、勇者一行の中で勇者に次いで力を持つ存在。それが女騎士だった。

 世界最強は勇者。それに次ぐ実力者である女騎士。

 そんな彼女が負けるはずがない。

 誰もがそう思っていた。


 女騎士が先陣を切る。


「先手必勝!」


 疾風のごとき加速で、魔王に迫る女騎士。

 人間の導体視力では捉えることはできない。超越者のみがその動きを捉える。


「速いな」


 感心した口ぶりで魔王が拍手する。

 まるで、子供の運動会を眺める保護者のように。


 軽やかなステップを踏み、女騎士の突撃を躱す。

 そして背後に回り、首筋に手刀を打ち込む。

 まさに早業。

 目にも止まらぬ速度で女騎士を無力化する。


「……そんな」

「嘘だろ!?」


 そんな絶望に充ちた呟きが零れる中、


「次は誰だ?」


 女騎士を押さえ込みながら、魔王は視線を向ける。

 余裕を感じさせるその振る舞いは、勇者たちにとって恐怖でしかなかった。

 女騎士が相手にもされない。そんな化け物に相対できうるはずがない。そう判断した勇者は魔王から――この最悪な状況から逃げ出すことを決断する。


 決してこの判断は間違ってはいない。

 勝てない戦いに挑み、無駄に命を散らすことはない。

 英気を養い、勝ち筋を見つけてから挑めばいいのだ。

 そのためには、みんな無事に魔王城から脱出することが必須。

 何とか魔王の隙を突いて女騎士を奪還する必要がある。


 魔王は女騎士騎士を軽々と片手で持ち上げ、無造作に放り投げる。

 壁へと激突した女騎士は、力無く倒れ込む。

 倒れた女騎士に近づくと、魔王は女騎士の顔を上げさせ、


「いい女だな。私の妃に迎えてもいい」


「ふざけるな……妃などとは名ばかりの、慰めものになるのは目に見えている」


 口では凛とした声音で虚勢を張っているが、その目は助けを求めていた。

 勇者と女騎士の視線が交わる。


「そんなことはない。手厚く迎えることを約束しよう」


「忌ま忌ましい魔王め……」


「そこまで嫌われているとは少しショックだぞ」


 魔王は女騎士の顎を上に向け、正面を向かせる。

 ゆっくりと顔を近づける。

 互いの息遣いが感じられる距離に顔がある。

 魔王の唇が、女騎士のしっとりと濡れた唇へと吸い寄せられる。


 女騎士は顔を背け、


「くっ……殺せ」


 と吐き捨てる。

 勇者に縋るような視線を送りながら。


 しかし勇者は、


「そんな……オレには無理だっぁぁぁあああ」


 勇者は一目散に玉座の間から逃走した。

 残された賢者と神官は、突然のことに固まっていた。


「お前たちも逃げたければ逃げればいい。それとも私と戦ってみるか?」


 自分が負けるなどとは1ミリも思っていない不遜な態度。

 賢者も神官も完全に腰が引けていた。


 そして一行は、女騎士を玉座の間に残して退散した。



  ***



 ハァ……

 俺――魔王――は深い溜息を吐く。

 またダメだった。これで何度目だろう? いつまで続くのだろうか?


 魔王と女騎士の二人だけが残された玉座の間。

 女騎士の瞳は涙で濡れていた。


 そして、


「またダメだったぁぁぁあああ――ッ」


 女騎士が癇癪を起したように絶叫する。

 折角の美人が台無しだ。


「仕方ないんじゃ……」


「仕方ない? 仕方なくない!」


 床に寝転がり、ジタバタと手足を暴れさせる。

 まるで駄々をこねる子どもみたいだ。

 口が裂けても言わないけど。


「アンタ、今なんか失礼な事考えなかった?」


「いえいえ、滅相もない。あんな奴はアナタには相応しくなかっただけですよ。きっと、もっと相応しい相手がいます」


「何? アンタそれで私を慰めてるつもり?」


「いや、そういうつもりでは……」


 歯切れの悪い返答には拳が飛んでくる。

 理不尽だ。

 これも決して口には出さないけど……。


「何か文句ある?」


「いいえ、ありませんとも」


 そう、どんな理不尽な目に遭ったとしても、この人に刃向おうなどとは思っわない。

 刃向えるはずもない。

 何故なら、彼女は世界最強の存在なのだから。



 そんな彼女はそっと零す。


「結婚したい……」と。



  ***



【相手に求める条件】


 ①瞬殺された私を見捨てない人。

 ②圧倒的な魔王に果敢に立ち向かい、劣勢を跳ね退ける信念を持つ人。



「この二つの条件すら満たせない。世界の男どもはなにをやっている!?」


「魔王討伐のために鍛錬しているのでは?」


「だったらそろそろ魔王を倒せる男が現れてもいいだろう?」


「ちょっと修行したくらいじゃ俺は倒せない……です」


 女騎士の理想は高すぎる。

 人間の男たちには同情を禁じ得ない。

 婚活の為に世界を救わない女騎士。


 婚活に付き合わされるのは迷惑な話だが、そのおかげで生き延びられているのも事実。

 当分、婚活は続くだろう。

 その間、協力者である魔王の身の安全は保証される……いや、婚気を逃したとかいちゃもんを付けられて殺されるかも……十分にありえる。


「んじゃ、また良さそうな男いたら連れて来るから、その時はよろしく」


 愚痴るだけ愚痴って、女騎士は魔王城を後にする。



 魔王は女騎士の背中を見送りながら「早く結婚してくれないかな」と心から願った。

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