第10話 女神
「こんにちは、野村です。遠山さん、先日は本当にありがとうございました。明日のお昼休み、お会いしたいです」
このメッセージの後に付けられた、ぺこり、とお辞儀をする猫のスタンプは、どことなく野村さんに似ていた。
「もちろんいいですよ」
と打つと、即、既読がついた。
「本当ですか! やったー! では、大学の1号館ロビーでお会いしましょう! 」
わーい、という文字と共にジャンプする猫のスタンプが押される。メッセージの温度が急に上がったみたいだ。
私はスタンプをあまり持っていないので、「はい、お会いしましょう」という自分の返事が彼女と比べて無機質に見えた。なんだかなぁ、と思うけれど、仕方がない。
何より、泣いていた野村さんが嬉しそうにしているのを見て、よかった、と心から思ったのだった。
翌日、午後からしか授業の無い私は、お昼休みの時間に合わせて大学に向かった。
ごめんなさい、少し遅れます、というメッセージが野村さんから届いて、ぼんやりと立って待っていると、廊下の方からタッタッと足音が聞こえてきた。
「遠山さん!お待たせして申し訳ありません」
駆けてきた野村さんの姿は、あのときの姿と合致しなかった。一言で言うと、とてもかわいい。お世辞抜きで、アイドルと遜色無いかわいさだ。あのとき、涙に濡れていた野村さんの睫毛は、すだれのようだったけれど、今はくるんとカールしている。栗色の細い髪の毛は、さらさらと肩にかかっていて綺麗だ。
「遠山さん? 」
見とれてしまっていたらしい。野村さんは、心配そうに私を覗きこんでいた。
「あっ、ごめんなさい。食堂でいいですか?お話しするの」
「えーと、ご馳走しようと思ってたので食堂は……」
野村さんは、目をぱちくりしている。
「そんな、いいんですよ。私、食堂好きですよ。安いのに結構美味しいし」
おごられるのはなんとなく、苦手だ。
私が必死に食堂を推すと、野村さんは「遠山さんって面白いですね」とくすくすと笑った。
食堂に行くと、いつも通り人で溢れていて、食券売り場はごった返していた。
「遠山さん、何がお好きなんですか?」
「カレーがいいかな」
「か、カレー……1番安いやつじゃないですかぁ……」
野村さんは、がっくりと肩を落とす。
「安いのでいいの。おごられるために野村さんに話しかけた訳じゃないんだし」
私が語気を強めると、野村さんは折れて、「分かりました」と食券売り場に行った。
「野村さんもカレーにしたんだ」
「はい、お揃いです」
トレーに二つ、カレーが乗っていた。野村さんの声は弾んで、よくわからないけれど嬉しそうだ。
「いただきます」
「いただきま~す……とその前に」
野村さんは、ごそごそとバッグから紺色の紙箱を取り出した。金色のリボンで十字に結ばれている。
開けてください、と促されて開けると、そこにはリボンのバレッタが入っていた。真っ白なオーガンジーのリボンは、私には少しかわいすぎるかとも思ったけれど、私の好みど真ん中だ。
「これ、頂いていいんですか? 」
「はい! 遠山さんをイメージして作りました。女神さまのイメージ」
野村さんは、にっこりと口元を結ぶ。
「作ったなんてすごいですね……って女神さま? 私が?」
予想外すぎて、挙動不審に目をキョロキョロさせてしまう。
「はい!」と言い切る野村さんの大きな瞳は、曇りなく澄んでいた。
「遠山さんは、私なんかのことを気遣ってくれて、優しくしてくれて……本当に、女神さまたいな存在なんです」
「そんな、大袈裟な」
「大袈裟じゃないです」
私は、二の句がつげなくなってしまった。目の前のとても綺麗な女の子に、女神さまと言われるなんて。ぼうっと頬が熱くなるのを感じる。少しばかりの沈黙を破って、野村さんは決意したような面持ちで口を開いた。
「私、……」
そのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが響いた。なんという、間の悪さなのだろう。
チャイムが流れ終わった後、
「何か言おうとしてました?」
と尋ねるも、野村さんは、「なんでもないです」と繰り返すばかりだった。
授業中、野村さんの言おうとしていたことがなんだったのか気がかりで、私の頭の中はそのことで占められていた。「なんでもないです」と繰り返す彼女は、正気に戻ったようだというべきか、女神さま、と言ったことさえも打ち消すようだった。
その姿は、少し寂しげで、喉に魚の骨が刺さったみたいに、何をしても気になってたまらないのであった。
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