第7話 チャット死
自分の部屋で、逸る胸のうちを押さえながら、アプリを起動した。
午後の9時。フィールドには人混みができていて、自分のアバターが埋もれるほどだ。ワールドチャットの会話は、見えないほど速く流れていく。活気のあるゲームだということが、ありありと分かった。
でも。
そこには、刹那さんはいなかった。
がっくり、肩を落とす。
まさか。約束したのに……刹那さん、忙しいのかな……と思っていると、画面の下部に、手紙のマークがあるのに気づく。タップすると、チャット画面にそっくりの画面が開いた。
「ごめんなさい、今日、インが遅れます。9時半にはインできると思います」
刹那さんからだった。DM(ダイレクトメール)機能があったなんて。私の心は、一気に明るくなった。
30分待つ間、ストーリーを少し進めることにしよう。刹那さんに少しでも追い付かなくっちゃ。「モンスターを◯匹倒せ」というクエストを、ひとりで黙々とこなす。そのうちに、レベルを12まで上げることができた。
刹那さんの20レベには全然追い付かなかったけれど、彼女はインするとすぐに気づいて、
「短時間ですごいじゃないですか」
と、早速誉めてくれた。
「パーティー組みましょ(*^O^*)」
「はい!」
アサシンの彼女は昨日と同じ調子でバッサバッサと敵をなぎ倒していく。背後で、彼女のHP回復を担っているだけなのに、彼女のおかげで、レベルアップの音が鳴り止まなかった。
敵を倒している最中に、彼女はふと立ち止まって、
「フレイム、使えるようになってますよね? 」
と尋ねてきた。
確かに、「フレイム」が、コマンドに入っている。試しに押してみると、丸い炎がボン!と一直線に飛んでいった。
「その基本攻撃魔法があれば、レベル上げも楽になりますよ」
「そうなんですか~」
彼女は本当に、何でも知っている。
その後は、二人で背中を向かい合わせにしながら、協力して敵を倒していった。
「そういえば……なつさんは、よくMMOします?」
「いえ、初めてです」
刹那さんは、頭の上にビックリマークを出した。
「飲み込みが早いから初めてとは思いませんでした」
「そうですか!?」
「素質ありますよ!これからどんどん強くなりますって。今後も手伝わせてください」
刹那さんは、なんでこんなに、優しいのだろう。見ず知らずの私に。彼女と話すたび、孤独感が癒されるのを感じていた。
「あっ死んだ」
チャットをしながらプレイを続けていると、
目の前に私の屍があった。
「なつさん、初のチャット死ですね~」
よくあることらしい。チャット死という言葉が何だかおかしくて、ひとりで部屋で笑ってしまった。
時間を忘れ、気づいたときには、12時。刹那さんは、27レベ。私は、22レベまで上がっていた。
「そろそろお開きにしましょうか」
「はい、ありがとうございました!」
ふたりでお辞儀のモーションをする。
終わりかぁ。あっという間だ。刹那さんとは、ここでしか会えない。それでも、私は何か、絆のようなものを感じていた。
そんなとき、彼女は思い出した、という様子で「あっそうだ」と言った。
「私、setsuna-gamesっていうユーザー名で、SNSのアカウント持ってるんで、よかったら」
SNS……!
私は、動揺を隠しきれず「はあ」と打ってしまい、彼女の失笑を買った。
途端に、彼女の存在がリアルになった。ぼんやりとしたもやのような姿が、はっきりとした輪郭を持ったように。
私の鼓動は、どんどん主張してくる。
彼女がログアウトした後も、私はSNSを検索できずにいた。
もし、そこで繋がったら……どうなるんだろう。
嬉しいような、怖いような、色々な気持ちが入り交じりながら、その日は眠りについた。
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