2番目で無かったからこその本能寺

浅茅

第1話2番目で無かったからこその本能寺

山際が白く染まりだす曙(午前四時頃)。しかれども、外は昼の様に明るい。

そして、祭りの様に騒がしいこの最中では、もう一眠りとは行くまい。まあ、かようなときに眠る馬鹿もいるまいが。


ただ、そんな状況であるから、私は思索に没頭することにした。


これまでの人生、振り返ってみれば、私は二番目に事を成すことが得意であった。

そう、先例があって、それを鑑みて修正し、成功へ導くことが誰よりも得意だったと言える。


例えば、私は独占販売権や非課税権などの特権を持つ商工業者を排除して、自由取引市場をつくって町に商人どもを集めたり、撰銭(支払で、劣悪な銭貨を忌避し排除する行為)を禁じ、悪銭と良銭の交換レートを定めたりした。


これらの政策は、今でこそ私が第一人者の様に語られているが、実際のところはそうではない。


前者の政策で言えば、初めに行ったのは六角 定頼であるし、後者の政策で言えば、大内家や細川家が創始者に当たるであろう。


私は、そんな歴々が行った政策で、良いと思ったものを改良し、布くことでここまでの成功を収めることができた。


それが事実なのだが、目に霞がかかった連中はそんなことも知らず、さも私が創始者かのようにいい、褒め称えるのだ。


全く、うつけとは誰のことであろうか。


そんな私だが、何事も二番目でなければ成功しないという訳では無い。


例を挙げるなら、関所の撤廃政策が最も分かり易いだろう。


これは、関所を撤廃すれば流通が活性化し、町が栄えるであろうという政策だ。


実際、それを実施し、経済は活発になった。


ついでに言えば、この政策、誰にも出来るものでは無く、敵からの侵略を容易にするなどと言う、欠点を排除できるだけの軍事力を持つ私だがからこそ出来たと言える。


そして、その軍事力で言えば、私が創始した物ばかりと言えよう。


例えば、方面軍の設立であったり、銃の有用性に気付き多数を運用する戦術を用いたりといったことだ。


これらの戦略・戦術は、ここまで勢力を広げるのに大いに役立ち、多くの敵を排除したのは言うまでも無く、終いには鉄甲船を作りその脅威をお披露目し、宿敵どころか見方さえ驚天動地の面にすることができた。


このように、私は一番目であっても万事うまく事を成してきたのは確かだ。


しかし、やはり私は二番目に事を成すのが最も得意だというのには、変わりがないだろう。


もし、今に至る遠因を二番目に成していたのなら、このような状況にはなっていなかっただろう。


ただ、そのようなことを考えても、意味は無い。


これは別に、いまさら考えても意味が無いということでは無く、そんなことは有りえないからという意味でだ。


つまりは……。そんな、思索に陥っている私を呼び覚ますように、ガラリと戸を開ける音がした。


その音の先から現れたのは、形容しがたいほどの美丈夫だ。


「上様! 此度の首謀者、判明いたしました!」


私は、そんな美丈夫の大きくも震える声へ、何時もの様に返した。


「で、あるか。して、その者の名は?」


「明智 光秀にございまする!」


なるほど、このような事態に陥って解ったことが有る。あ奴なら、このような無謀な謀叛を企てる可能性があると。


「是非も無し」


あの金柑頭は、知恵こそ働くものの、ヒトより先んずることばかり考え、それが正しいとさ思っている。


確かに、それは正しい側面もあるのだが、必ずしも正解とはいえない。


この謀叛劇の後、奴が天下人になることは不可能であろう。


なぜなら、奴は天下布武を二番目に行ったものでは無く、一番目に天下人を殺した人間になるからだ。


これから先、私の代わりに天下人になるモノが誰であるかわからないが、それはおそらく、二番目に天下布武を布いたものであろう。


……いや、もしかしたら、二番目に天下人を殺したものこそ、真に天下人になるのかもしれない。


どちらにしろ、光秀の一世一代の大勝負は、華々しく散ることになるであろう。


もし、私が奴なら、このような模糊なことはせず、先例を良化し、見事成功へ導いていたであろうが、やはりそれは、不可能なことであった。


そう、私には確信があるのだ。どれだけ待っていようとも、私以外に天下人、つまりは天下布武などを実行に移す人物は、現れなかったという確信があった。


あの戦乱の中、そのような視野を持ったものなど、私以外にいなかったのだ。


だからこそ、この様な事を考えても意味はないのだ。人生50年、その間に、どれほど革新的な人物が出てこようか。


その人生も、もうじき終わるのかもしれない。


しかし、そう簡単に、終らせるつもりもない。


そんな思いを胸に、私は立ち上がる。


「上様! どちらへ行かれるのですか?」


私は信長だ。人生に二度目はないと心得ている。であるならばこそ、やることは一つ。


「わからぬか? 金柑頭の思うようにはさせぬ。最後まで足掻くのよ」


それでこそ、天下人、信長だ。

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