第16話

 それから、何事もなく一月もの時が過ぎていた。ソラは週末に決まってマリスと会い、学校の授業は真面目に受ける。魔人の襲撃など、誰もが忘れかけていた。無論、ソラと、彼の事情を知るテラ以外は、だが。


 その週末、テラがソラについてマリスと会ってみたいと言い出した。急なことだったので、ソラはその時飲んでいた珈琲でむせたが、この提案を受け入れる。あわよくば、彼女も共に、マリスと鍛錬出来れば良いと考えたのだ。

 そうして、その日がやってきた。


「逢い引きに他の女連れだなんて、兄さんは酷い人だね、幻滅したよ」


 言葉こそ厳しいが、その顔には薄ら笑いが浮かんでいる。ソラは彼女がそういう表情をしている時は、自分をからかうための冗談を言っている時だと知っているため笑って流したが、テラは背筋に寒気を感じた。目の前にいるだけで、常人なら卒倒しかねないプレッシャーを放っているのだ、このマリスという少女は。


「逢い引きって、僕達は兄妹だろう、それともマリスは僕とそれ以上の関係になりたいのかい」


 冗談だとわかっているから、こうしてソラも冗談で返す。マリスは満足げに笑い、静かに首を横に振った。この二人の親密そうなやりとりを見ていて、テラの胸には名前をつけられない感情が湧いたが、それは今、テラを少し苛立たせるだけに留まる。


「さてと、女連れで日和っている兄さんに朗報。私達は二ヶ月後に、この街を襲撃します」


「なんだって!?」


 マリスの言葉にいち早く反応したのはテラの方だった。ソラはというと、諦観にも似た感情が見られる瞳をして、マリスを見つめるばかりだ。


「やっぱり、僕と君は敵同士なんだね」


 再確認する。否定の言葉など期待しているわけではない。だが聞かずにはいられなかったのだ。予想通り、マリスは首を縦に振った。


「私達は戦争をしてる。私を殺さないと、兄さんは死ぬ。そういう状況の中にいるんだよ」


「僕は、君を殺したくない」


「兄さん以外で私を殺せる人なんて、いないよ。兄さんが私を殺さないなら、私は兄さんの大切な人を皆殺して、兄さんも殺す。父さんは、人を生かすつもりなんてないから」


「ソラはボクが殺させないし、ボクは君に殺されたりしない」


 会話に割り込んできたテラを見て、マリスは目をパチクリさせた。次いで、口の端を面白そうに歪める。


「愛されてるね、兄さん。でもお姉さん、その言い方だと、自分は兄さんの大切な人ですって言ってるようなものだよ、自惚れやさんなんだね」


 からかわれたテラは、頬を赤くし、思わず腰の剣に手をかけようとした。それをソラが宥め、落ち着かせる。一連の流れを見て、マリスは腹を抱えて笑っていた。


「テラは僕の大切な人だよ。だからマリス、僕もテラを殺させたりしない。そして君を死なせたりしない。君も、大切な人だから」


 力強く宣言されて、マリスの顔から笑みが消える。普段余裕綽々といった態度の彼女も、この言葉は予想していなかったらしい。


「兄さん、その内戦争関係無いところで女に刺されて死ぬよ、予言しておく」


「へっ!?」


 ソラはマリスを女としては見ていない。そのせいで先程のようなセリフが当たり前のように出てくるのだが、物事を客観的に見ることが得意なマリスは、冷静に返答する。片方が妹であるということを除いても、二人の女性に「君は大切な人だ」というようなことを言うのは、女癖が悪いとからかわれても仕方ないだろう。


「アッハハ、さてと、今日は二対一なのかな?いいよ、二人がかりなら、私を殺せるかもしれないね」


 以前三人がかりで手も足も出なかったことを一番知っているだろうに、マリスは笑いながら双剣を構えた。

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