第15話

 結局、休日の間はソラとテラは互いに顔を合わさないようにし、平日、日課である手合わせの時間に面と向かうことになった。この時間だけはお互いに忘れたことはない。ちなみに勝率は五分五分だが、憶剣流はあまり訓練に向いた剣技では無いというから、実際の力量で言えばテラが勝っているのかもしれないが、本人にそう言えば、「そんな言い訳じみたことで敗北を認めないのは醜いよ」と返されるだろう。

 閑話休題。二人は今、いつもの武道場で向かい合っていた。互いに手の内はほとんど見せ合っている間柄だ。となれば勝敗は、日々の研鑽の如何によって決まる。それさえも互角であるならば、最後は運だが、運が無かったことを敗因にするような二人ではない。


「その、テラ……あー、全力で行くよ」


 始まる前に何かを話そうかと喋りかけたが、上手い言葉が見つからず、口ごもる。テラは無表情にそれを聞き流していた。


「はっきりしないな。元からそのつもりだけど」


「えと、なんか怒ってる?」


 テラの口調がいつもより少しだけ冷たかった。微妙な印象の違いでしかないが、ソラはもう、その微々たる違いが理解出来る程テラのことを知っていた。


「怒ってはないよ。納得はしてないけど」


「ご、ごめん」


「何に謝ってるの?」


 ソラは何も言い返せない。テラは休日の一件のことを努めて意識しないようにしているのだが、意識しないようにしている、という時点で普段とは調子が違うのだ。ソラを目の前にすると、どうしても口調が冷淡になってしまう。テラもそうしたくはないのだが、また、自分の感情の制御がきかなくなっていた。


「とりあえず始めようか」


「時間が勿体ないからね」


 テラの言葉を合図に、模擬戦が始まる。最早互いに出し惜しみする余地などない。ソラは使える剣技の全てを起動させ、テラもまた、以前ソラを追い詰めた技で応戦する。八識流も憶剣流も、一つの技が使い切りではないというところに共通する特徴がある。例えば王剣流などでは、剣技は一撃必殺の攻撃技が主で、持続して効果を現すものはほぼ無い。術剣士達が使う術もまた、効果が現れる時間は限られている。

 しかし憶剣流と八識流は違う。剣技を使うのをやめようと思わない限り、半永久的に影響を及ぼし続ける。


「相変わらずインチキ臭い……!」


 自分の足元から生えてくる木の根を寸前で回避しながら、ソラが悪態を吐く。その間にも死角から別の枝が迫り、体を捻ってそれもまた避け、地面を蹴って枝に乗り、そのまま上空から一撃を加えようと落下する。本来二次元的な動きしか出来ない人間に、三次元的な動きを可能にさせるのが八識流の強みである。


「君に言われたくないなぁ!」


 落ちてくるソラに向かって、後ろ回し蹴りを決めながら、テラが叫ぶ。ソラは直撃こそ腕で防御して避けたが、受けた腕は痺れて、しばらく動かせそうになかった。まだ利き腕である右腕は無事だったが、大きなハンデを負ったのは間違い無い。テラは剣と盾を構え直し、余裕の表情だ。


「テラは強いなあ……反応では遅すぎる、反射でもまだ遅い……」


「何?」


 ソラが呟いたのは、一種のルーティーンのような言葉だ。まだあの時の感覚を完全には掴んでいない。それ故思い出すために、一番印象的だった言葉を繰り返す。


「反射でも、まだっ……!」


 ソラが駆ける。最早戦意を喪失していると思い込んでいたテラは慌てて剣技によって出現させた木の枝を殺到させる。が、それはソラに届くかと思った頃には、彼の剣の一振りによって吹き飛ばされていた。


「そんなっ!?」


「八識流、『意識』……!これが今の僕の全力!」


 その技は、眼、耳、鼻、舌、身、全てを為す根幹。一時的な思考と身体能力の超加速を実現する。初見で対応することは、ほぼ不可能と言って良い。 

 ソラの剣が、テラの胸に届く……寸前で、止められた。


「えっ?」


 テラが間の抜けた声を出す。ソラが剣を下ろしたところで、これが模擬戦だったということを思い出した。


「お互い熱くなりすぎたね。お疲れ様」


「あ、ああ。そうだね。びっくりしたよソラ」


「びっくりと言えば、テラって結構大人っぽい下着履いてるよね、今まで言うタイミング逃してたんだけど」


戦っている最中、テラが蹴り技を使う時に、何度か黒い布が見えていたことを思い出し、ソラが笑いながら話題にする。


「はっ!?」


 思わぬ話題に、テラは赤面し、制服のスカートを押さえる。


「そんなことを戦闘中に考えていたのか君は!やっぱり本当はゲスな変態だったんだ!色魔!色狂い!!軽蔑したよ!」


「ご、ごめんってば。確かに話題が悪かった。テラ、この間からちょっとよそよそしかったから、和ませようと思ったんだけど。ホントにごめん」


 デリカシーの無い話題だったのは確かだ。テラとの距離感が近すぎて、女性であるという点を失念していたのはソラが悪い。しかし、ここまで平謝りされて許せない程テラは狭量ではない。


「い、いや、ボクも言いすぎた。その、この間は本当に?」


「女の子と会っていたのはそうだよ。でも別に、いかがわしい目的じゃなかったし、その……うーん、全部正直に話した方がいいね、これは」


 マリスとの件は、隠すつもりだった。ただでさえソラは魔人とのハーフである。八識流の唯一の後継者が魔人と繋がりがあると疑われる(実際事実なのだが)のは、ソラ個人にとっても世間にとっても良くないことだ。しかし、人一人が出来ることには限度がある。そうして、ソラは全ての事情をテラに話した。


「……最初から話してくれれば、あんな風に、って、何も聞かずに走って行ったボクが悪いのか……」


 ちなみにだが、ソラはマリスとの接吻のことは話さなかった。なんとなく、テラに言うのは憚られたのだ。


「いや、隠そうとした僕も悪かったから。ありがとう、落ち着いて聞いてくれて」


「どういたしまして。しかし、危うい立場にいるね、君も。ボクも出来る限り協力するよ。君たちの関係は、魔族と人との敵対関係とは何も関係ないのだものね」


 一人の理解者を得て、ソラは少しだけ胸をなで下ろすことが出来た。

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