第14話
「わわっ、レッカ、大丈夫!?」
ベッドの上から派手に落ちた友人を、慌てて気遣うソラ。レッカの方は上手く受け身を取ったらしく、2,3度肩を回して体の無事を確認した。
「俺は平気だよ、鍛えてっからな。それよりもお前だお前。恋の悩みたあまたお前らしくもない。いつの間にかいないと思っちゃいたが、まさか逢い引きだったとはな」
レッカの言には事実と推測が同時に存在しており、あるいは早とちりになることもあるのだが、今回はそうはいかなかった。早朝に部屋を抜け出し、異性と会うことを、逢い引きと言わずしてなんと言おう。例えその相手が実の妹であったとしてもだ。
「別にその子とはそういう関係じゃなくって、テラに誤解されたのが問題でさ……」
「ほーん、冷静なテラが誤解ねぇ」
語尾で口元が歪んだが、それを手で覆い、あたかも真剣に悩んでいるかのような表情に錯覚させる。彼は今恋をしている。男女の感情の機微には敏感だった。
「本当にやましいことは何も無いんだな?」
「無い……よ?」
「いや疑問系じゃねえか」
接吻をしておいて、潔白は主張出来ないだろう。今でもほのかな暖かさと、確かな柔らかさが唇に残っている。なるべくさりげなく拭うが、それでも消えることはなかった。
「うぅ、テラに嫌われたくないよレッカ、どうしよう」
「まぁ、根気よく話し合い続けるしかないだろうなあ、しかしまあ、なんでお前ら付き合わないんだ」
今のソラの状況は、完全に浮気を疑われた男のものである。二人の間に特別な感情があるのは容易に推測出来た。しかし互いに告白もせず、つかず離れずの微妙な距離を保っている。
「やっぱり恋なのかな……」
「さてな、少なくとも俺からはそう見えるけど、そういう感情は他人に定義されるべきじゃねえよ、多分」
「はっきりしないね」
「俺だって恋愛初心者だからな」
こういった気持ちを打ち明けられるのは、お互いに気の置けない間柄になったということだ。テラとの問題は解決していないが、男同士の友情というものを感じて、ソラの気持ちは多少なりとも和らいだ。
***
同時刻、テラとライナの部屋
ソラに別れを告げたテラだったが、自室に戻るなり、糸が切れたようにその場にくずおれた。ライナはというと二段ベッドの下段に座り、かなり集中して読書していた様子だったが、同居人の異常な光景を見て気付かない程薄情ではない。栞を挟むのも忘れて、テラに駆け寄る。
「テラさん!?何があったんですか、まさかこの間の魔人に襲撃されたとか……!」
見た目には外傷は無いようだったが、ライナは手際よく自分の聖剣と救急箱とを取り出し、テラの体を確認しようと手を伸ばした。すると、突然その手首を掴まる。驚いてテラの表情を確認すると、今にも泣きそうな顔をライナに向けていた。
「どうしよう、ボク、ソラに酷いことを言ってしまった……」
「え、えぇ?」
思っても見なかった人物の名前が出てきて、ライナは困惑した。自分の頭が悪いせいかと、癒やしの術を自身にかける程度には。
「ちょっ、ライナ、何やってるんだ。傷も無いのに癒やしの術を使うのはあんまり良くないぞ、髪の毛が異常に伸びたりするらしいからね」
「あ、わざわざありがとうございます。って、心配されるべきはテラさんですよ。何があったんですか。ソラさんがテラさんに酷いことを言わせるようなことしたんですか?にわかには信じがたいですが……」
落ち着いたライナの口調は、会話する時に自分のペースが掴みやすく、テラはその部分も気に入っていた。あまりに話しやすいため、クラスメイトから一方的に話しかけられ、おどおどしていることもあるのだが。
「いや、ソラは悪くないんだ。ボクが冷静さを欠いたのがいけなくて……でも、ソラがあんな態度を取らずに、いっそ隠し通してくれれば良かったのに……!」
テラは珍しく感情的になっていた。そんな風にならないように、憶剣流の剣士として育てられてきた彼女がだ。ソラとの一件との動揺と、自身が制御出来ない感情への動揺が同時にやってきて、まともに考えることも出来ていない。
「テラさん、落ち着いてください。ちゃんと話を聞かせてもらえますか?」
テラの肩を抱きながら、ライナは優しく問いかける。次第にテラも自身の感情を抑制出来るようになり、いつも通りの凜とした彼女に戻る。
「その、ソラの気配が学校の中になかったから、寮の近くで帰るのを待っていて、帰って来たから、いつもみたく冗談のつもりで、『女の匂いがする』って言ったんだけど、ソラは酷く動揺して、本当に女の子と会ってきたって……何故か冷静になれなくて、走り去ってしまって……何やってるんだろう」
ライナはテラの言葉を否定せず、ひたすらに頷いていた。そうしてテラが話し終わったと確認した後、口を開く。
「テラさんは恋をしているんですね」
「池にいる魚のことかい?なんで突然……」
「それ本気で言ってます?」
苦笑するライナ。流石に変なとぼけ方をするのはやめようと思い、真面目に返答する。
「恋、か……わからないな、したことがないから」
テラは、女子しか生まれなかったメモリアの家の末娘として生まれた。テラの父、ジオは男児に憶剣流を継がせたかったようだが、3人目の子供も女子だったことで諦め、テラを男子のように育てたのだ。そのように育てられて、普通の少女のように同年代の男子に思いを寄せる暇などなかった。テラはそれを悲しいとは思わなかったが、自分の姉達が恋の話に花を咲かせているのを鍛錬に向かう途中で見た時は、同じ家にいながら違う世界に生きているのだと自覚させられた。そんな彼女が、突然恋をしていると言われて、上手く受け止められるはずもなかった。
「テラさんはソラさんのことが好きだから、テラさんが知らない女の人に会ってたことに腹が立ったんだと思います。私がそういう風なことを知っても、まあ男の人だからな、としか思いませんから。ソラさんが、と言われるとちょっと意外ではありますけど」
「そうか、恋、かぁ……」
「こういった気持ちを他人にどうこう言われるべきじゃないですけど、私はそう思います」
テラは虚空を見つめながら、自分の胸に手を当て考えるが、何か答えが出るようなことはなかった。
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