第8話

 魔人……マリスと名乗った少女との戦いから、数日が過ぎた。彼女との一件については国王アーサーの耳にも届いたが、無用な混乱を防ぐため、ソラ達は口止めされ、生徒には、ソラ達が人食い虎を4人だけで討伐したということで説明された。一人戻り、教師に報告したレッカについては疑問を呈されたが、その疑問を晴らすことが出来る者はおらず、少なくとも学校の中では、その一件について収束しようとしていた。


「マリス、か。ソラ、あの子に勝てると思う?」


 ソラとテラの日課になっている、放課後の手合わせが終わってから、テラはあの少女のことを話題に上げた。何気なく聞かれたその問いに、ソラはしかし深刻そうに首を振った。


「無理だね、少なくとも今は。彼女は多分、ずっと戦いの中で生きてきた。そういう人を、僕は二人知っている」


 その二人とは自分の父であるアスールと、その仇であるスカーレットのことだ。無論アスールは心優しい男だったが、戦いに際しての圧力は似通ったものがあった。それが、戦いの中で生きてきた者特有のものだということを、ソラはこの短期間で実感していた。


「そういう者に勝つためには、どうすればいい?」


「……それは、多分、戦いの中に身を置かなきゃいけないんだと思う。人生をかけて。でもそれはきっと、人の生き方としては正しくないよ。誰だって、本当は戦いたくない、殺し合いなんて、したいはずがないんだから」


「戦争は終わった、はずだもんね……」


 そう呟くテラの赤い瞳には、不安の種が揺らめいていた。もはや歴史の教科書にしか載っていないはずの魔人。それを直に目の当たりにして、動揺しないはずもなかった。ソラとてそうだったのだから。


「今日はもう少し鍛錬していこうか」


「ボクもちょうどそう言おうと思っていたところ」


 二人の剣士は、再び木剣を持ち立ち上がった。



***



 翌日、自室で目覚めたソラは、何故かベッドの面積を狭く感じた。試しに窮屈に感じる右腕を動かしてみると、何やら暖かく柔らかいものの感触がした。


「なんだろう?」


 起き上がって確かめようとするが、右腕を何かに引っかけているのか、上手く動かない。


「んん……ソラ、どうしたんだい?」


「えっ?」


 隣、すぐそばから聞こえた声は聞き慣れたものだったが、およそこの場所で聞こえていいものではなかった。確かに彼女はボーイッシュな部分があるが、しかし確かに女性のはずだ。男性の寝室にいていいはずがない。


「テラ、どうしてここにいるの!?」


「ん?んー、昨夜は激しかったからなあ」


 何を思いだしたのか、にやにやと笑うテラ。その言葉に混乱を余儀なくされたソラだったが、よくよく前日のことを思い出す。


「なんだ騒がしいな……ってオイソラ!?相部屋でそりゃねえだろうよアホか!?」


 思い出す、寸前で二段ベッドの上にいたレッカが目覚め、ソラを糾弾する。


「あー、ごめんごめん、流石に冗談が過ぎたよ。昨日はかなり夜遅くまでソラと鍛錬しててね、二人とも判断力を失って、ソラの部屋に着いた途端に寝ちゃってさ」


 レッカは制服のままである二人の服装を見て、テラの言葉を信用した。


「わかった。でも早めに自分の部屋に戻れテラ、ライナも心配してるだろうし、教師に見つかったら退学モンだからな」


 男女の交遊も、寮内での行き来も特に禁止されてはいないが、それでも人として守るべき倫理の一線というものは存在している。テラも苦笑しつつ、最低限着衣を整えて部屋を後にした。


「じゃ、また後でね」


 苦笑しながらそれを見送り、部屋には男二人だけの静寂が訪れた。


「魔人が恐ろしく強かったのはわかるけど、あんまり根を詰め過ぎるなよ、戦う前に死んだんじゃ元も子もない」


「レッカは戦うつもり?」


「なんのための王剣流だよ。かつて剣王アーサーは、先陣を切って魔族と戦ったんだ」


 王剣流は、剣王アーサーが使った剣技だ。彼は戦時中も、民衆に広く剣技を教えた、最大の功労者といえる人物だ。王剣流から派生した新たな流派も多くある。


「戦争は、終わったはずなのに?」


「魔人がまだ生きて、力を振るうなら終わってないだろ」


 レッカの言葉は、あるいは問題視されるようなものだ。民衆は皆戦争が終わったと思っているし、平和な時代をありがたいものとして享受している。そんな中戦争が終わっていないと公言すれば、他者の怒りを買っても仕方が無い。


「それを自分の力で終わらせようとするんだね、レッカは」


「ソラは違うのかよ?」


「違わないよ。魔人を、魔族を皆殺しにしないと、戦争は終わらない」


 普段は大人しく温厚なソラからそんな言葉が出てきて、レッカは少なからず動揺した。嫌いなものは魔族だと彼が言っていたことを思い出す。何か事情があることを察したが、それを無闇に詮索するほど、レッカは愚かではなかった。


「そろそろ時間だね、行こうか」


「あ?あ、ああ。そうだな」


 友人の心情を掴みきることが出来ないもどかしさを感じながら、レッカはソラの背中を追った。

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