第9話

 休日、ソラ達四人は街に出ていた。首都とはいえ、娯楽がそう多いわけではない。観劇や映画鑑賞は学生身分の四人には出費が大きいし、酒や女(あるいは男)というのもあまり褒められたものではない。結果、食べ歩きか、買い物かに選択肢は絞られる。


「そろそろ日雇いの仕事とか探した方がいいかなあ」


 自分の財布の中身を見ながら(といってもそこには十分な金が入っている。しかし収入が無く目減りしていくだけの所持金を見るのは、精神的にあまりよろしくないものだ)、ソラがそう独りごちる。


「この街はまだまだ大きくなるはずだし、仕事は探せば色々とあるはずだよ」


「お二人とも凄いですね、私は実家からの仕送りで生活しているので……」


「俺もそうだよ、卒業したらこの国の兵士にでもなるかなあとは思ってるけど」


「天涯孤独だからね、僕は」


 笑いながらソラは言ったが、他の三人は押し黙ってしまった。ジョークとしてはあまりよろしくない類のものだったことに遅れてソラも気付き、頭を掻いた。

 と、その時だった。今まで何度か感じた『圧』に気付いたのは。


「この気配……マリスか!?」


「マリスって、この間会ったって魔人かよ!?なんで!」


「わからない。兎に角、誰かが被害に遭う前に行こう!」


 ソラは焦りながら、テラは以前の自分を悔いながら、レッカは戸惑いながら、ライナは恐怖しながら、気配のする方向へと駆けだした。休日とはいえ、誰一人剣を忘れてはいない。



***



 マリスの気配はそう遠くにあったわけではなかった。人通りは少ないが、民家がいくつか建ち並ぶ通りに、彼女はいた。


「少しぶり、兄さん。別に会いたいわけじゃなかったんだけど、私に惚れちゃった?いけないな、禁断の愛だよ」


 人を小馬鹿にするような口調。それだけなら、生意気な少女という印象だけで終わるが、腰に帯びた二本の短剣が、それだけでは済ませてくれない。彼女は剣士だ。剣技は今日まで人だけの特権だった。しかし、彼女はそれが使えるのだろう。もし彼女の存在が公に知られたら、どれだけの騒ぎになるかわかったものではない。


「何が目的でここにいるんだ、マリス」


 自分より小さな体の女に対し、ソラは剣を抜くことを迷わなかった。しかしそれも気休めにしかならない。圧倒的な実力差があることをソラは知っているのだから。


「死にたいなら止めないけど?」


 背骨が氷に詰め替えられたのかと錯覚するような寒気が四人を襲った。それは死のイメージの具体化であったのかもしれない。たまらず、ソラは剣を収めた。


「うん、偉い偉い。相手の強さがわかるっていうのは長生きの秘訣だよ。あ、兄さんは私に殺されちゃうから長生きは出来ないのか」


 心底楽しげに、悪意の双剣士は笑う。生きているのが楽しいのだろう、戦うのが楽しいのだろう、殺し合うのが、楽しいのだろう。


「君の生き方は間違っている」


 ソラの口から、意識せず飛び出したのはそんな言葉だった。誰も戦争や殺し合いを望まないはずなのに、彼女はそれを望んでいる。


「でも私、これ以外の生き方を知らないから。悪意マリスだもん。で、私がここにいる目的だっけ?別にないんだけどさ。何も命令されてないからぶらぶらしてるだけで。良かったら一緒に遊ぶ?」


「ふざけるな!敵と共に行動出来るわけがないだろ!」


「おねーさんには聞いてないよ」


 再び零下の言葉が浴びせられる。萎縮してしまう自分が情けなく、唇を噛んで血を流しながら、テラはマリスを睨み付けた。


「どうかな、兄さん。出来れば二人きりが良いんだけど」


「ソラ、乗るな、殺される」


 額の汗を拭いながら、レッカが忠言する。


「ソラくん、ダメです、その人は怖い人です」


 目尻に涙を溜めながら、ライナが訴える。

 しかし友人達の言葉に、ソラは首を横に振って反した。


「マリス、本当に僕や皆に危害を加えるつもりはないんだね?」


「うん、命令されてないしね。個人的には兄さんもおねーさんやおにーさんも好きなんだよ?これ本当」


 派手なフリルがついた黒いスカートが、楽しげにくるりと回る。その仕草は年相応の少女のようだった。


「ソラ、まさか」


 テラの不安そうな声が聞こえた。


「大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」


 笑顔がぎこちないものになっていないだろうか、と思いながら、ソラはマリスの方に歩を進めた。


「マリス、君に付き合うよ」


「妹思いの兄さんを持って私は幸せだなあ」


「その、何度も言ってる、兄さんっていうのは……」


 質問をする前にマリスはソラの腕を捕まえ、こっちこっちと引っ張っていった。後に残された三人は、呆然としながら二人を見送ることしか出来なかった。

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