第7話
ゴブリンの一件から1週間経ち、再び実戦訓練の時間がやってきた。今回は草原に
ソラ達のチームは斥候を言い渡された。いち早く先行し、敵の様子を観察する役割だ。状況の報告と、いざとなれば一番に敵との戦闘になる、重要な役割である。役立たずだから地味な役割をやらされるのだと笑う者もいたが、お門違いだ。無論、ソラ達もそんなことは微塵も考えていない。
「確かに評価されてる。今回も頑張るぞ皆」
「ああ、今回はボクが先行しよう、憶剣流は隠密術にも長けているんだ。見晴らしの良い草原でも、上手く隠れられる場所を探してみせる」
「お、お願いしますテラさん!」
「さんはいらないと、何回も行ってるのになぁ」
どうにもライナには調子を狂わされるテラだが、それは不快ではない。ライナはすみませんと良いながら慌てて頭を下げたが、それは周囲の笑いを誘った。
「じゃあ頼んだよテラ。僕もいくつか剣技を使って周囲の異常にすぐ気づけることにしておくから」
そうして話はまとまり、ソラ達はクラスメイト達から離れて先行しだした。
***
目的地にやってきて、不審な気配を感じたテラは足を止め、近場にあった小さな丘の麓にかがみ込み、隠れた。他の三人もそれに続く。
「このあたりが話に聞いた場所のはずだけど……血かな、これは」
「『鼻識』……うん、間違いない、獣と、血の匂いだ」
あまりの悪臭に、ソラは思わず顔をしかめ、剣技を解いた。
「いつも思うが、ソラの剣技は便利だな、身体、というより感覚強化系か。と、詮索は無しだな」
「僕は別に構わないけど、今はそういう状況じゃないのは確かだね。どうする、近づいてみる?」
ソラの問いに、テラは迷いながらも静かに首を縦に振った。その額には汗が流れている。
「そのつもりだけどね、正直マズイ。人食い虎が、それも一方的に殺されたってことは、それより圧倒的に強い存在がいるってことだ。ボク達の手に負えるかはわからない。レッカ、君は先生に報告しにいってくれないか。これは生徒だけでは解決出来ないかもしれない」
「わかった、なるべく早く帰ってくる。ヤバくなったらすぐ逃げてくれ」
レッカは引き返し、走り出す。後ろを振り返るような迷いは無い。自分のやるべきことがわかっている。その背中にテラは微笑みかけ、見送った。
「さて、ライナ、支援と妨害の術は使えるね」
「は、はい、そっちの方が得意です。かけますか」
「うん、今の内にありったけ。敵が見えたら、兎に角足止めが出来るような術を使って。あとは適宜支援をかけ直して、回復の術をかけるだけでいい。君に矛先が向くのは避けたい」
テラの指示を聞き、ライナは支援の術を出来る限りかける。ソラとテラの頭は冴え、体は軽くなるが、それで足りるとは、二人とも思っていなかった。先程から、こちらを窺う気配を感じる。敵意も害意もないが、ただただ純粋な『圧』をぶつけられている。ソラにとってそれは既知だ。魔人スカーレット、彼の気配によく似ていた。
「よし、行こう」
ソラの言葉に頷き、テラも武器を構える。まずはソラが打ちかかり、不意をついてテラが攻勢に出る。同時にライナが妨害し、一気に畳みかける。もはや一流の域に達しつつある剣士達は、言葉がなくともそこまでの策を共有していた。
(まあ、不意がつけるとは思わないけどね……)
そうだとしても、これ以上出来ることはない。ソラが丘の陰から飛び出す。眼識、耳識、身識。最もバランスの取れた3つの剣技を選択し、発動する。自分の足元で散る小石の一つが跳ねる様子と、風の中に混じる砂が擦れる音、踏んでいる部分の地面に何本の草が生えているか。それらが完璧に把握出来る。そして、自分の耳元で囁かれる、無機質な少女の声も、聞き逃さなかった。
「今日は、貴方を殺せとは指示されていないけど、最低限の防衛はさせてもらう」
心臓を直接握られた。そう、ソラは錯覚した。自分の胸の上に、短剣の切っ先が乗っているのに、直前で気が付いた。
「この地に眠る英霊達よ、今一時目覚め、彼の者の体に絡みつけ!ゴーストバインド!!」
聖術の詠唱、それが始まるとほぼ同時に、ソラに凶刃を突き立てようとしていた少女の手足の動きが一瞬止まる。ギリギリでライナ術が間に合ったのだ。それによって一瞬出来た隙を利用して、ソラは後方に跳び、ようやく敵の姿を知ることが出来た。
肩より上で短く切られた白髪、血が凝固したかの如き真紅の瞳。人食い虎達の死体を後方に背負い、佇む姿は、紛れもなく魔人のそれだった。
「ソラッ!逃げろ!」
叫びながらテラが少女に斬りかかる。見た目に騙されるほど彼女は愚かではない。振り下ろす刃に迷いは無かった。しかし上段から放たれた渾身の一撃は、あっけなく片手で受け止められる。
「お姉さん、私にそっくりな色をしてる。でも人なんだね、ヘンなの」
そのままテラの心臓に刃を突き立てようとすれば出来たはずだったが、少女は微笑むばかりで、その行為を実行しようとはしなかった。テラは動けなかった。目前の、自分より年下にしか見えない少女は、自分よりも遥か高みにいる強者だった。最強と信じる自分の父でさえ、勝てるかどうか定かではないとまで思わされた。
「剣をどけてくれれば見逃してあげる。今日は、腑抜けた同族を始末しにきただけだから。私に敵わないってことがわからない程、バカじゃないよね?」
テラは歯噛みしたが、剣を持つ手から力を抜き、鞘に収めた。そうすることで殺されるかもしれないと考えたが、立ち向かって確実に殺されるよりは、マシな可能性だった。
「うん、偉い偉い。じゃあまたね。次は殺しに来ると思う。私はマリス。世界に悪意を振りまく刃。兄さん、結構楽しかったよ」
その言葉に、果たしてどんな意味があったのか。それを確認するより前に、マリスと名乗った少女は何処へと消え去っていた。しかし、ソラは、改めて一つの事実を確認した。
「戦争は、まだ終わっていない……」
それを聞き咎める者は居なかった。テラもライナも、ただ、生きているという事実が夢のように感じられて、意識を外部に向けられなかったのだ。
戦いの序曲は、既に奏でられ終わっていた。
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