第6話

 「運が悪かったな……」


 森の中を引き返しながら、しかし周囲を警戒しつつ、レッカはそう呟いた。しかし隣にいたテラがその言葉を修正する。


「良かったよ、群れの中心に突っ込みかけて、生きて帰れているんだから」


「そう、だな。下手したら、誰か死んでた」


 死。その言葉の意味を実感を伴って知ったライナは身を竦ませ、俯く。自分で癒やしの術をかけ、体の傷は塞がっているが、心の方が落ち着くのは少し時間がかかりそうだった。


「ライナ、大丈夫、もう気配は無いよ、すぐに安全な場所に戻れる。ある程度は討伐したし、群れの中枢の場所がわかったんだ。先生も評価してくれる」


「は、はい、ありがとうございます、ソラくん……」


 ソラの言葉は信用出来るものだが、それでも先程の恐怖を思い出して、足が止まりそうになってしまう。生き物の肉を貫くのも初めてだったのだ、ライナは。

 そうこうしている内に、最初にいた場所が見えてきた。体調が悪くて見学しており、記録係を任された生徒が、懐中時計を取り出して、怪訝な顔で4人を見る。授業の終了まで、まだかなりの時間があったのだ。


「群れの中に突っ込んで、術士がケガしてな。軽傷だったからもう治してはいるんだが、一応先生に見て貰うのと、群れがいた場所を報告しておこうと戻ってきたんだ。こっちも数さえ揃えればそんな脅威じゃないはずだ。現に何匹かは倒してきた。これが証拠品だ」


 ゴブリンを討伐した証である額の角を見せながら、レッカはテキパキと報告を済ませている。彼がリーダーで良かったと、他の3人は思う。

 記録係の生徒はなるほどと頷きながら、教師に報告するべく席を外した。良く低級の魔族が出没する場所であるため、森を監視するための小屋がある。教師達はそこで待機していた。

 その後、ソラ達の報告を元に無事ゴブリンは退治され、その日の授業は終了になった。『ゴブリン程度の魔族相手に逃げ出した』と噂する者もいたが、それを気にするソラ達ではなかった。いや、1人気にする者も、いたかもしれないが。



***



 その日は学校内の食堂で、4人揃って食事をしていた。休日故に人は少ないが、それでも外で食事を摂るのが面倒だと思う者や、友人達と気軽に集まれるからという理由で訪れる者はいる。ソラ達は後者であった。

 そう広い学校ではない。ソラ達が逃げ出したという悪意ある噂は、これだけ人が少なくてもヒソヒソと聞こえてくる。


「人の噂も七十五日、とは言うけど、中々どうして収まらないものだね」


 その状況を楽しむかのようにテラは言うが、向かいに座っていたライナは浮かない顔だ。


「ごめんなさい、私のせいですよね。皆凄く強いのに、私があんな失敗をしたせいで」


 自らを過剰に卑下する言葉をソラは否定しようとしたが、それよりも先にレッカが音を立ててグラスを机に叩きつけたため、出鼻を挫かれた。


「それは違う。俺は別にライナがケガをしようとしまいとあの状況だったら戻った。群れの中心だ。いくらゴブリンとはいえど罠もそれなりに仕掛けられていた。実際引っ掛かって俺達よりよっぽど痛い目に遭ったヤツもいくらでもいる。あそこではああするのが正しかったんだ。ライナが気に病むことじゃない」


 力強い言葉だった。自分の判断に自信を持ち、仲間の行動の責任を負う、先導者の言葉だ。まだ自覚は無いだろうが、レッカは指揮官としての素質を十二分に備えていた。


「レッカ、君の言い分は正しいよ、正しいけど、強く叩きすぎだ。そっちにライナが怯えてる」


 冗談めかしたソラのセリフに、レッカは無意識に力を入れて握っていたグラスから手を離し、ばつが悪そうに苦笑した。ライナもつられて笑いだし、自分が失敗したという意識は頭から消えたらしい。

 4人は既に良いチームとして機能しはじめていた。

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