第5話
「午後からは実戦訓練だっけ」
午前の授業、退屈な(世間を知らなかったソラにとっては有意義な)時間が終わり、待ちかねた昼休みに入った頃、ソラが貰ったカリキュラムの中身を思い出しながら、誰にともなく呟いた。自分への確認のための独り言のつもりだったが、存外大きな声で言ったらしく、背後から反応が返ってきた。
「ああ、近くに魔族……ゴブリンの出現情報があったから、それの討伐がてら生徒の訓練もするとか言っていたね」
そういった細かい部分の記憶力は、テラの特技の一つだった。すらすらと状況に至った経緯を教えられ、ソラは思わず拍手した。
「い、いや、そこまでされるようなことはしてないと思うけど」
「良く覚えてるなぁって」
「細かい所ばかり気にする嫌な女だって?」
「誰もそんなこと言ってないよ!?」
二言三言の会話で、ソラの表情がコロコロ変わる。テラは彼のそういった部分が気に入っていた。
「ふふ。しかし実戦で思い出したが、片目が隠れているのは不便じゃないかい?あ……見えない、とかなのかな、もしかして」
だとしたら悪いことを聞いてしまった、と杞憂で心を痛めるテラに、ソラはすぐに否定の言葉を伝える。
「いや、そうじゃなくて、あんまり他人に見せられるものじゃないというか、なんというか。まあ、気になるよね、テラになら、良いかな……」
自分の汚点を見せても、彼女なら失望しないでくれるのではないか。会って数日と経ってはいないが、そういった信頼感のようなものは芽生えてきていた。
「無理は、しなくていいけど……」
そう良いつつ、彼女の手はソラの瞳を隠す長髪へと伸ばされている。美術品でも扱うかのようにそっと退けると、そこには真紅の宝玉があった。
「ボクの瞳と同じ色じゃないか。あ、ボクなんかと同じなんて言われちゃ嫌かな」
「ううん、嬉しいよ」
そろそろ忘れそうになる事だが、今二人は教室の中にいる。無論二人きりというわけでもない。二人が作り出す空間に割って入る勇気がある者は……一人、いた。
「時場所場合を考えろお前等」
丸めた教科書で八識流と憶剣流の使い手の頭を引っぱたくのはレッカ・ジーナスである。教室の面々も彼のツッコミに我に返る。
「何かしてると周りが見えなくなる性質でね」
「多分僕もそう」
「いやまあ誰も止めないってか止められねえけど、せめて二人だけでいる時にやった方がお互いにとって良いと思うぞ……」
レッカは底抜けに善人である。友人が周囲を憚らず自分達の世界を形成しているのをしっかりと注意して方向性を正してやるくらいには。
そうこうしている内に、昼休みは終わろうとしていた。
***
「というわけで午後の授業は実戦になる。班分けは事前に決めた通りだ。ゴブリンは最弱の魔族だと侮られがちだが、お前達を殺すには十分の強さを持っている。気を抜くなよ!」
厳しい教師の檄が飛ぶ。生徒達は顔を引き締めた。ゴブリンは人の子供程度の体躯を持ち、額に小さな角の生えた魔続だ。最弱の魔族というのは間違いないのだが、それに殺される無辜の民の話は戦争が終結してからも絶えない。
ソラの班は、寮生の友人達で組んだものだ。術士が一人、というのが他の班と比べ頼りなかったが、ソラとテラの実力は同級生達の中でも飛び抜けていると言って良い。その程度の不安は補って余りあるものだった。
「ライナの術は出来る限り温存してくれ。だけどいざという時は勿体ぶるな。ソラは俺と一緒に前でなるべく敵を止めてくれ。撃ち漏らしはテラに取って貰う」
リーダーの役割を買って出たのは、周囲が持つ印象からは意外なレッカであった。というのも、ソラは他人への指示があやふやになりがちで、テラは少人数よりも大人数を動かす戦略的な考え方の方が得意なのだ。ライナは言わずもがな、人に指図するには気が小さすぎた。消去法のようでもあったが、レッカは十分に仕事をこなしている。今の指示にも、誰も異論は無かった。
「よし、じゃあ、行くぞ!」
初のチーム戦が始まろうとしていた。周囲は森林だ。視界が悪い。だがそこを、ソラの『眼識』でカバーする。彼は周囲に話しはしないが、その剣技が視覚を強化するものだというのは暗黙の了解として四人の中で認識されている。
ソラを先頭に森の中を進んでいく。その後ろにレッカとテラが並んで歩き、最後尾にライナという陣形だ。奇声を上げながら頭上から飛びかかってきたゴブリンを、ソラの剣が一薙ぎし、首と胴体が永遠に分かれる。返り血を嫌い避けた先にはゴブリン達が仕掛けたのであろう鳴子の罠があったが、それも事前に察知していたソラは、すんでのところで踏まずに済んだ。
「視覚に頼ってるだけじゃダメそうだ……『耳識』」
ソラが別の剣技を発動させた。八識流にはその名の通り8つの剣技がある。それをどれだけ同時に使えるかが重要になるが、ソラは5つまでを習得し、3つまでを同時に使うことが出来た。
今度はソラの聴覚が敏感になる。ガサガサと森の中の茂みを移動する音がそこかしこから聞こえてくる。その内自分達の方向へ駆けてくる音は、3つ。
「ライナ、後ろ!」
自分の正面から襲い来るゴブリンを真っ二つにしながら、背後に叫ぶ。ライナはその叫びに驚き、一瞬対処が遅れたが、ギリギリで短剣を抜き放ち、ゴブリンの心臓を穿った。その時にゴブリンの持つ刃が掠り、腕から鮮血が飛ぶ。
「狼狽えるんじゃないぞ!まだ来る!」
術士から潰す、というのはゴブリン達の常套手段だった。弱く数多いために、彼らの仲間は頻繁に人間の標的となった。しかしたまに殺しが上手く行く時は、後ろで縮こまっている臆病者から襲った時だったというのを、彼らは学習していた。
「させるかッ!王剣流……『フェイルノート』!!」
神速の突きが、笑いながら小剣を振りかぶった子鬼の喉を穿つ。ゴブリンはその表情のまま、自分の剣が女の柔肌を裂く感覚を夢想しながら果てたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます