2番目のピッコ

逢柳 都

第1話

 ここは、フクロウたちの住む森。

ここで、毎年3月の満月の夜に行われるお祭りがあります。フクロウたちは、それを”フルムーン・ハント”と呼んでいます。その名の通り、森のフクロウの長が隠したお宝を探すのです。探すお宝は人間たちが森に落としたり、忘れていったりしたキラキラ光るものです。一羽につき一つ、長に言われたお宝をどれだけ早く長のもとへ持ってこれるかを競います。


 シロフクロウのシュノーは、”満月の番人”と言われるほどの絶対的王者で、シュノーが参加して以来、ずっと1位の座を勝ち取っています。

 一方、フクロウばかりが参加するこのお祭りに、唯一のミミズクがいます。スピックコノハズクのピッコです。ピッコはいつも2位で、真剣なフクロウたちに混ざって、それは楽しそうに羽を広げているのです。

時々、ヒソヒソと何かを言われているような気がしますが、争いごとを好まないピッコは気にすることなく、シュノーと同時期から毎年参加しています。


 さて、なぜフクロウたちが真剣なのかというと、があるからです。

それは、”1位になった者には、何かが起こる”というもの。昔1位になったあるフクロウは彼女ができ、あるフクロウは諦めかけていた夢が叶いました。

 しかし”満月の番人”がいる今、そう簡単には1位にはなれないのです。それどころか、2位にはピッコがいます。ランクインは並大抵の努力ではできません。だから、このためにフクロウたちは日々の鍛錬を怠らないのです――。



 そして、今年も”フルムーン・ハント”が行われようとしています。

まだ3月の夜は肌寒く、観戦するフクロウたちは皆手製のマントを羽織っています。参加するフクロウたちは、闘志と熱気でそれどころではありません。

「やあ、シュノー。調子はどうだい?」

ピッコは毎年通り、シュノーに挨拶をしました。

シュノーは毎年通りに答えます。

「僕を誰だと思ってるのさ、ピッコ。”満月の番人”が1位を逃すなど、ありえない」

「お互い頑張ろうね」

シュノーは、前を向き直しました。少し強い口調はいつものことですが、周りのフクロウたちと違って、ピッコをミミズクであることで何かを言ったことは一度もありません。だから、ピッコは毎年欠かさずシュノーと言葉を交わしているのです。


「それじゃあ、皆の健闘を祈る」

ホォォォォォ――――……と、長の鳴き声と共に、20羽ものフクロウたちが一斉に羽ばたきました。シュノーとピッコもそれぞれ自分のペースで、羽ばたきます。

 ”フルムーン・ハント”は、ただ早く見つけて長のもとへ戻ればいいのではありません。なにしろ、舞台は森です。限りなく広がる、夜の森。お宝の近くには目印の小さな白旗があるものの、20個の中から指示された、ただ一つのお宝を持ってこなければならないのです。もちろん、隠す場所も毎年変わります。ですから、体力・精神力はもとより、洞察力や忍耐力も必要不可欠となります。むやみに飛んでいるだけでは勝てません。


”透明な雫の片耳ピアス”を指示されたシュノーはしばしの間、上空からみんなの様子を観察していました。フクロウがいる場所は探さずに、去っていった場所をスムーズに探し出せば、見つかりやすいからです。去っていってたとしても、まだ始まったばかりですから、焦ることはありません。

「…………そろそろか」

シュノーは一つの白旗めがけて空を切りました。

「なんだこれ」

白旗の前には見慣れないがありましたが、シュノーは首をかしげながらも、白旗の所に目をやりました。

そこには、満月に輝く透明の雫が――――。

「早く長のもとへ戻らねば――……」


”ミニハンカチ”を探すピッコは、シュノーとは違って何も考えずにあちこち飛び回っていました。ピッコの直感はよく当たるうえに、自慢のポジティブ思考と体力を持っています。ですから、今まで2位になれていたのでしょう。……最もピッコ自身にその自覚はありませんが。

「ここにはぁー……」

「なーいっ! またかぁ!」

……今回は、少し時間がかかっているようです。ですが、やはりピッコは血眼になることも焦ることも無く、飛び続けます。

それでも鼻歌を歌いながら、次はどこに行こうかグルグル回っていると、本当に偶然にもすぐ近くにお宝を発見しました。

「みーーっけ!」

ミニハンカチを口にくわえ、長のもとへ戻る――のかと思えば、そのまままたあちこち飛び回り……森の探索を始めました。ピッコはいつもこれが大好きなのです。

そのために少しでも早くお宝を見つけ出すと言っても過言ではありません。

「今年は何かないかなー? ……お、あれは!?」

ピッコは目を輝かせ、に真っ直ぐ飛んでいきました。


「あっれーー? シュノーじゃないか! 調子はどうだい?」

「――ピッコ!? なんでここに!? 今すぐ去れ!」

「なんでって……そんなのこれを見つけてしまっては、見に行かないなんてことできるわけがないだろうっ!?」

ピッコが見つけた、シュノーの白旗の近くにあるもの。それは、ぬいぐるみでした。裁縫は苦手なのか、ところどころ曲がったり、ほつれていたりしていますが、ピッコは――

「ああああああああ! かわいいいいい!! これシュノーの?」

「なんでだよ! 違う!」

「じゃあ、もらってもいい!?」

「僕に聞くな」

「いえーーーーい!! お宝もぬいぐるみも手に入ったことだし、戻ろうか」

「先に行ってろ」

「え、え、シュノー? だって、シュノー1位は――――」

「行けと言っているっ!!」

シュノーがピッコに、こんなにも怒った態度をとったのは初めてでした。

ピッコは悲しくなりました。それは、周りからヒソヒソ言われるよりもずっと。

「――――――わかった……」

ピッコは静かに飛び立ちました。


「……行ったか」

ふぅと息を吐いて、右の羽のを見つめました。

シュノーは、お宝のピアスの先端で怪我をしてしまっていたのです。本当なら、小さな傷なら、少し我慢して飛べるのですが……

「さすがにじゃあ、な……」

刺さったピアスは何とか抜けたのですが、その時に傷口が広がってしまい、我慢して飛ぶのも難しくなるほどに痛みが増していきました。

シュノーの父上はとても厳しく、シュノーは「1位を取りなさい」「1位以外は意味が無い」など幼い頃から言われ続けてきました。ただし、1位をとっても褒められることはほとんどありませんでした。

「情けない――……」

だんだん、昔の苦い記憶がよみがえってきて、飲み込まれそうになった

その時でした。聞こえるはずのない声がしました。

「やーっぱり怪我してるじゃん! おかしいと思ってたんだよね!」

「ピッコ………………!!」

「うひゃー、これは痛い! もし我慢して飛んでたら、げんこつもんだね、こりゃあ!!」

そう言うとピッコはハンカチを半分、細長く裂き、もう半分は下に敷きました。

「ほい、出して!」

「……?」

「きーずーぐーち! 手当てするから!」

シュノーは少しムスッとしていましたが、やがて観念して傷口を差し出しました。慣れているのか、ピッコはテキパキと処置をしてくれました。

「これで血は止まったけど、早く戻ってちゃんと処置しないとね。というわけで、シュノー! 私の上に乗って!」

「なな、何を言う! 僕はもう飛べ――っつ!」

「さ、乗って? ――まだ間に合うから、しっかり捕まってて!!」


 ピッコは、限界を超えたありったけの力で空へはばたきました。

何羽ものフクロウたちを抜かし、ピッコはどんどん進んでいきます。

シュノーは必死にピッコにしがみつきながら、自分が恥ずかしくなりました。

1位に執拗にこだわる自分、感情的になってピッコを傷つけてしまった自分、お礼をまだ言えていない自分……。

シュノーは、ある決心をしました。


「着いたよ、シュノー!」

ピッコはシュノーを降ろすことなく、そのまま長のもとへ突っ込んでいきました。

「シュノーが怪我してるんです!! 応急処置はしたけど、早く!お願いします!」

ピッコの下敷きになりながらも、長は救護班を呼び、シュノーの処置をさせました。

「これでよかろう」

「ありがとうございます!」

「さて、今年じゃが、お前たち同時に門をくぐったじゃろ? どちらかを1位にせにゃならんのだが……」

「シュノーをお願いしま――」

「ピッコをお願いします! ……ピッコは、僕を手当てしてここまで連れてきてくれました。傷つけてしまったのに、です。だから――!」

「シュノー!」

「傷つけてごめん、ありがとな。だから長、ピッコを――」

「もうお前ら二人が1位じゃだめかのう?」

「「え」」


 こうして、今年はシュノーとピッコの二人が1位になりました。

二人は友達になり、ピッコのことを悪く言う声は無くなっていきました。


「僕は旅に出るよ。あの日、決心したんだ。もっと、世界を心を知りたい」

「私も一緒に行くよ。シュノーが怪我したら、一体誰が手当するのさ」

「ピッコこそ、途中でへばんなよ」

不器用なシュノーなりの返事でした。

「見てシュノー! 朝日だ!」


それは二人の旅立ちを照らすようでした。





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2番目のピッコ 逢柳 都 @red-cat

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