第二十五話 遊戯

 第二十階層。間違いなく大物がいるだろう。さっきのバジリスクに倣ってしまえば、ただの物理的な大物というだけかもしれない。



「いけるか、ライラ?」


「いっけまーーす!」



 当然扉をあける前に休息を取り、ライラの魔力は回復させてある。その間の防衛は私が勤めた。

 魔力を消耗させるわけにもいかなかったため、素手で。こう、ドカっと。


 生半可な硬さではなかったが、何とかなるものだ。やはり殴るに尽きる。拳は良いぞ。



「確か人間が辿り着いた最深層が十八階層だったな。あの弱小種族がここまで成長するなんて感心した」


「流石に三千年も経てば成長するものですねー。最初は勇者以外、本当に何もできませんでしたしー」



 それが今では立派に戦っている。改めて考えれば、凄い事ではある。先日の訓練場では失望してしまったが、あれはあいつが全面的に悪い。とんだハズレくじを引かされたものだ。



「勇者以外に腕の立つ人間がいれば、会ってみたいものだな」


「そういう話ならー、エニディアに会った時に聞いてみればいいと思いますー。世界中をふらついているのでー、情報通なのは確かですよー」


「ほう、エニディア。魔大国には居なかったが、そういう事か」



 どこにいるのか知らんが、話を聞ける相手がいるのは助かる。情報を仕入れる、という意味では優先順位を上げてもいいかもしれない。今後、また考え直す必要があるな。



「さて、狩りといこうか」


「りょーかいです」



 荘厳な大扉を押し開く。

 十階層と同様に広い空間が現れる。



 そう思っていた。



「────!?」



 扉を開ききった途端、キラりと光る刃が目前に現れた。


 すんでのところで首を傾ける。些細な痛みと共に、頬から一筋の紅い液体が流れた。



「ライラ!」


「はいー!」



 既に扉は閉まっており、後ろに逃げ場はない。

 急いでライラの手を取れば無詠唱の【近距離転移】で広間の反対側へと移動する。


 何だ、今のは。剣が飛んできた……いや、剣を持った者が高速で詰めてきたのか。


 その証拠に、扉の前には私の倍ほどの体格を持つ鎧が剣を振り切った状態で佇んでいた。



「……割とギリギリだったな」


「気配を感じませんでしたー」



 バジリスクの時が、私たちが入った後に出てきたことで油断していた。そもそも、魔法陣と扉で入り方が異なっていたのだから多少の警戒はして然るべきだったのだ。慢心が過ぎる。


 気配もなく、高速で動く鎧。魔力探知にも引っかからない事から、そういうモノなのだろうと理解できる。

 単純に、速い。そして、速さというのは威力にも相当する。


 超近接戦闘特化型、というわけか。



「困ったな」



 そう、私達二人とも、魔術が得意なのである。

 ライラに関しては、得手不得手以前に魔術以外からっきしなのだ。肉体の基本能力は高いし、魔力で底上げすることもできるが本物の剣士相手では分が悪いと言わざるを得ない。


 どちらかと言えば、私の担当分野か。



「ちょっと、魔術使ってみろ」


「りょーかいでーす。【凍りなさーい】」



 こちらの様子を窺っていた鎧剣士は、一瞬にして氷の嵐に覆われ見えなくなる。


 一介の魔物であれば凍えてそれまで。簡素な術式とはいえ、使い手は本物なのだから。



 しかし、予想通りというか。


 氷嵐などものともせず、物凄い速度でこちらに向かって突っ込んできた。だが予想が付いていれば、回避など容易い。


 転移を使うまでもなく、左右に分かれて飛びのく。

 振り切った剣は、勢いそのまま地面を斬り裂いた・・・・・


 生半可な硬さではない迷宮の地面を、まるで柔い物を斬るかのように。



「ライラ、アレ効いてないよな」


「でっすよねー。完全耐性ー? 魔術無効ー? 以前ならそんなもの無視して―、上から潰してたんですけどー」


「剣も中々の切れ味だな。包丁には最適かもしれない」


「スラヴィア達へのー、お土産に出来ますかねー」



 魔術は、効きそうにもない。加えて、この広間自体に魔術阻害の結界が張られている様だ。自身に掛けるには影響はないが、放つ類のものは全て威力が減衰してしまうだろう。


 再び、鎧剣士が突っ込んでくる。狙いは私か。おちおち考えてもいられない。



「ライラ、消えてろ」


「はいはーい」



 今度は一撃ではなく、連撃。こいつ、さっきから何をしているんだ。本気で仕留めに来ようという気概が見えない。


 剣と鎧騎士の身体の動きを注意深く観察しながら、紙一重で避けていく。時折、剣の腹を手で弾き・・・・軌道をそらしつつ対策を練る。



 しばらく避け続けてわかったが、どうやらこいつ、遊んでるらしい。



 中身があるのか意思があるのか知らんが、徐々に速さが増し、勢いが強くなっていく。

 どこまでついてこれるか、と言わんばかりに。



 たかが鎧のくせに、試してるのか。私を。



「舐められたものだな。ライラ、強化だ」



 空間から剣を取り出す。三千年前から使っている、愛剣だ。ちなみにライラは不可視と不感知の魔術でこの空間のどこかに潜んでいる。今回こいつは、傍観者兼補助役だ。


 ライラによる【魔力付与】が私と剣の両方に掛かる。単純な能力の向上というシンプルなものだが、今回は適当だろう。


 これで私は、バジリスクの時と比べて五割増し・・・・で、強い。


 首元を狙い突く鎧騎士の剣を、悠々と弾き、隙のできた胴体を蹴り飛ばす。

 凄まじい風切り音を残し、鎧騎士は向かいの壁へと衝突した。



「覚悟しろ、ガラクタ」 

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