第二十六話 不安
「ハッ────!」
壁に叩きつけられた鎧騎士に対して、追い討ちをかける。
地を蹴り、姿勢を低くした状態で瞬く間に詰め寄った。
最短距離で、最速の一突き。顔面目掛けて放ったそれは、鎧騎士の持つ剣の切先で受け止められた。
「お?」
僅かでもずれれば、簡単に勝敗の決する場面。そんな行為を難なく行う鎧騎士の技量に思わず感心してしまった。
いかんいかん、そんな場合じゃない。
慌ててその場から飛びのけば、斬撃を飛ばす。目にも止まらぬ速度で振りぬかれた剣の衝撃が、壁に打ち付けられたままの鎧騎士へと向かう。
壁に斬撃がぶつかると同時に衝撃音が響き渡る。しかし、鎧騎士へと当たった感覚はしない。
煙に紛れて姿が見えない。しまった、感知できないのだから無暗に視界を奪う行動を起こしてはいけなかった。
周囲に視線を巡らせどこに居るのかを探す。鎧が動く音などは聞こえない。
では、まだ壁の方にいるのか、と視線を正面へと向けた瞬間。背後で風切り音。
「----ッ!」
丁寧に首筋へと狙い付けられた攻撃をすんでのところで回避。さっきからギリギリの回避しかしてない気がする。だがまあ、感じないのだから仕方ない。
「そろそろ、慣れてきた」
攻撃するたびに回避していては、いつまでかかるか分かったものではない。時間も体力も有限だ、あまりこんなところで遊んでいられない。
念のため、ライラに結界の解除をさせておく。可能かどうかは知らんが、やることが無いのならやらせておいて損はない。
距離をとっても、相変わらず向こうから攻めてくる様子は見られない。舐められているのか、受けが得意なのかは知らんが。
一息。
「本職の剣士のような『技』は持ち合わせていないが……十分だろう」
剣の技術は中々のモノだ、認めよう。仮にゴーレムだとしたら、それはもう凄まじい価値になるだろうな。
しかし、こんなところでこんなことをしている様では、壊されても文句は言えんな。どうせ一定時間で復活するだろうし。
呼吸を止め、先ほど同様に鎧騎士へと詰め寄る。今度は突きではなく、下段に構えた状態だ。
対応して上段から切りかかってくる鎧騎士の剣を、弧状に振るった剣で絡めとる様に受け止める。突然力の向きが変わったためか、鎧騎士は剣を手放してしまう。
そして私も、剣を手放して、鎧騎士の
「剣武ならいざ知らず、戦いであれば私の専売特許でな」
振り落とそうと藻掻く鎧騎士の行動など意にも介さず、兜へと手を当て魔力を回す。
魔術を放てないのであれば、内部に直接叩き込んでやればいいだけの話だ。
「【散れ】」
念のため、多少多めに魔力を注ぎ込み発動。すぐさまその場から離脱すれば、一拍遅れて、鎧騎士を中心とした大爆発が発生した。
天井へと届きそうなほど大きな爆発の中に、鎧の破片らしき物体が飛び交っている。この感じだと、倒したみたいだな。
煙が立ち込める中、ライラが不可視化を解除し姿を現す。その表情はどこか不満げであり、私を攻めている様にも見えた。
「結界の解除ー、できそうだったんですけどー」
「悪いな、まあ念のための作戦だ、そう拗ねるな」
身体の揺れに合わせて、尾のような髪は左右にぴょこぴょこと揺らぐ。その可愛らしさに思わず笑みが零れてしまう。
そろそろ煙も晴れる頃か、と次の階層へと足を向けた時、迫りくる風切り音が聞こえた。
とっさに振り替えれば、目前に見覚えのある剣が迫っていた。
この軌道だと目標は、ライラ。
一拍遅れでライラも気が付いた様だが、遅い。短距離転移すらほんの一瞬、間に合わない時間。
止める魔術は? 阻害で威力軽減された状態で防げるか? まずい、そんなことを考えている時間が無い。
無詠唱で彼女の眼前に障壁を展開する。それだけでは不安、そんなことは分かりきっている。こんなところで油断していたのは、倒したと考え油断していた私の落ち度だ。
ならば、処理をするのも私の役目だ。
ライラ────正確にはライラを守る障壁だが────と飛来する剣の間に自身の手を滑り込ませる。
掌を、剣先が抉る。それは表面だけにとどまらず、骨を貫き手の甲から血に濡れた切先が飛び出した。
久々に感じる痛烈な痛みに、表情が歪む。どくどくと溢れる血液に、三千年前の感覚を思い出す。
嗚呼、何を甘い事をしていたんだ。私は。
キン、と小さな金属音を響かせ、剣が止まる。障壁も一応は役に立ったらしい。
同時に煙が晴れ、視界が鮮明になる。中心には崩壊した鎧騎士。その右足と右手、それらを糸のように繋いでいた金属片が腕を振りぬいた姿勢で立っていた。
最後の最後、一矢報いようとした鎧騎士の行動は、確かに私たちに被害をもたらした。
そのまま事切れたように、鎧騎士は地に伏した。
「まおーさまっ、手……!」
「……気にするな、些事だ」
私の被害を間近で目の当りにしたライラは、罪悪感に苛まれている様な、慌てている様な、複雑な表情で声を荒げていた。
この程度、散々見てきただろうに。この三千年の間でそこまで過敏になったのか? 私に傷をつけてしまったのが自分の責任だと思っているのか?
身体が切り刻まれたわけでもなし、治療不可の毒に蝕まれたわけでもなし。この程度、一瞬で治るに決まっているだろう。
……いや、だがそういう問題ではないのだろうな。
「【治れ】」
剣を抜き去れば、即座に魔術を発動。瞬く間に血は止まり、抉れた肉まで元通りだ。この程度の治療であれば、魔力の消耗もほとんどないと言える。
だがそれでも、ライラの表情は晴れない。
────まったく、こいつは。
今にも泣きだしてしまいそうなほど落ち込んだ彼女の額を、指で軽く突っつく。私は小さく声を漏らす彼女の眼をしっかりと見据えた。
「ライラ、私は生きてる」
「…………っ! そー、ですね」
お前は、守れなかったと嘆いたが、それは違う。
私が生きてさえいれば何ら問題はない。落ち込むのは勝手だが、そんなもの、お前の本意ではないだろう。
ライラは、さきほどとは打って変わって決意に満ちた目をしている。それでいい。
部下のやる気維持も、私の仕事の内、か。
これでこの階層も突破。二十一階層へと向かう扉が開く。それにしても、何故ここは転移ではなく扉だったのだろう。最初の攻撃のために、か?
「まあ、些細な事か」
今度こそ、と足を踏み出した直後。階層全体を覆う巨大な魔法陣が発生する。
目を覆わんばかりの、輝かしい光が放たれる。
なんだ、これは。明らかに異常だ。先へ進むための仕様ではなく、明らかに別のモノが介入してきている。
これは────転移魔法陣。
「ライラっ!」
私は咄嗟にライラへと手を差し伸ばした。こういった場合、対象者が別の場所へと転移される場合が多い。
伸ばした手がライラに触れると同時に、私たちは光へと包まれた。
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