第二十三話 勇者
「え……? 本当に、君が魔王………?」
「私が封印されている三千年の間に、新たに魔王と称する者が現れていないのであればな」
「魔王って、城の奥で座ってるんじゃ…………」
空いた口が塞がらない男。
ギルドの訓練場に魔王がいるとは思わないか。
魔王がどういう存在か、など身近な者以外知っているはずもない。ほとんどが想像と偏見だけで語っているに過ぎないのだ。
「では、どうする? 私を殺したいのだったか?」
首を左右に振り、全力で否定を露わにする男は、凡そ勇者と自称するには余りにも不釣り合いなものであった。
「あの
「い、いや……俺は……悪逆非道の魔王を……」
「何度も言わせるな、私がその当人だ。悪逆の限りを尽くした──覚えは無いが、その人物であることは間違いない」
私は自身の正義に基づいて行動を続けていた。幻界にも海底にも赴いた。世界中の猛者と死闘を繰り広げたこともある。
しかし、環境を破壊した憶えも、圧政を敷いた憶えもない。そもそも最後の戦い以外、人類とはほとんど関わっていない。興味もなかった。
その悪逆非道というのは、あの
違う、そんなことはどうでもいいんだ。
「……こんな、女の子に、手を出すなんて……」
「魔王が女だからと戦わないのか。貴様の言う勇者とやらは性別で善悪を判断すると言うのか?
嗚呼、間違いない。
私は腕を伸ばし、この男の首を締め付ける。恐怖と苦痛に歪んだ表情が浮かぶ。
こんな中途半端な男は。
何も理解していない、惨めな異界の男は。
「
指先が食い込み、真っ赤な体液が腕を伝う。魔術を解除し、手を離してやると男は力無く地面に膝をついた。
顔を見ただけでわかる。「こんなはずじゃなかった」、と。
うな垂れたままぶつぶつと呟く男を見下ろす。
「神様から、力をもらって……俺が主人公で……最強である、はずなのに……」
「片腹痛いな。この程度の魔術も防げず、攻撃も当てられず、まともな技術も無い。それなりの力を持っていたとしても、扱えないのであれば意味が無い。度を過ぎる力を持てば、身を滅ぼす。身の丈を知れ」
哀れだな。いや、可哀想ともいうべきか。第二の人生を謳歌させる、なんて文句で力を与え当て馬にする
それにすら気付けずに、己を強者と勘違いしていた者。
いや、実際弱いとは言い切れない。今の人間と比べれば絶大な力を持っているのは間違い無く、あと数十、数百年も鍛錬を行えばかなり良いところまでいくのだろう。それこそ、最古の魔族や我々に届きうる程に。
だが何が足りてないのか理解していない以上、成長は見込めない。人間の寿命ではそれすら、難しい。
我々の強さの理由は、元々の素質が影響しているとはいえ、それだけではない。長く生き続けることで自らの在り方を正しく理解することができていたからだ。
この男にそれを求めるというのも酷な話か。
「……貴様のいた世界は、どのような世界だ?」
興味、というより、情け。
この世界のほかにも、別の世界があることを私は知っている。いや、ある事しか知らない。
私たちの存在するこの世界と類似しているかもしれないし、全く異なるかもしれない。それを知っているのは、実際に他の世界から来たというこの男だけなのだ。
「……とっても、平和な世界だった。戦争とかはあったけどさ、俺の住んでた場所はそれとは程遠くて……、魔術とか戦いとかギルドとか、そんなの何一つないところだったんだ……」
「退屈そーな世界ですねー」
「こっちの人から見たらそうかもしれないけど、死の恐怖になんてほとんど怯えなくて済む、そんな幸せな世界だったと思う」
魔術も戦いもなく、平和に過ごせる世界。であれば、魔物だって存在しないのだろう。力なく生きられるという事は、敵対する存在が無に等しいのかもしれない。
「科学ってのが発展しててさ、魔術なんて使わずに、人は空を飛んで、地を駆け、文明を築いていた」
「想像が及ばんな」
「はは。とにかく、平和なところだった。俺は何か特別な事をしたわけでもない、有象無象の内の一人。こっちの世界の様な場所を、俺たちは剣と魔法の異世界、なんて言ってた。結構本とかになって人気あったんだぜ?」
情景が全く想像つかないが、悪い世界ではない様だな。こいつが曲がりなりにも魔術等を扱えていたのは、しっかりと存在を認識していたからか。あまり深堀しないほうがよさそうだ。
「まあ、いいか。そちらの世界が気になると言えば気になるが、今はどうでもいい。貴様はただ
「利用……?」
何度も言うが、私は人間を殺したいわけではない。嫌いなわけでも、憎いわけでもない。
人間から生まれる勇者が、勇者を作り上げる神を殺したいだけだ。
だから、仕方ない。
昔、人間に魔術を教えたように。今回も、また。
これは救いだ。神に利用された、哀れな部外者への、唯一の。
「私は
男の真剣な眼差しを受けながら、続けて言葉を紡ぐ。
「お前が再び私を殺そうと立ち向かってくるようであれば、その時は当然
「良いか、何が正義かよく考えろ。見極めろ。お前には知識がない。理解もない。そして、まだ
「目の前の
「正義とは、何か」
「その在り方を、見つけろ」
静寂が満ちる。
呼吸さえ忘れた様に、男は微動だにしない。流石のライラも、今回ばかりは口を
「この後私は、他の六大迷宮を巡る。では、良い答えを見つけるんだな」
伝えるべきことは、全て伝えた。後は全て、男次第だ。何度でも抗ってくるのであれば、それもまた良し。その時は塵も残さず葬り去るだけだ。
先へ進もうと背を向けた直後、男から声がかけられる。
「あ、あの! えっと、俺の名前は――――――」
「聞かん。今のお前の名など、覚えるに値しない。行くぞ、ライラ、ヴェルフェール」
「わかりましたー」
「うむ」
今度こそ、迷宮の先へと進み始める。
残された男はただ一人、項垂れて地面を見つめ続けていた。
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