第二十二話 偽物

 その男は、ヴェルフェールの姿を見るや否や、一直線に駆け寄ってきた。


 勇者と名乗った、その男が。



「――――勇者……?」



 酷く頭が痛い。この感情はなんだ。


 あいつは、勇者? 過去に神の手足となって私を殺しに来た、傀儡共の仲間?


 騒音が、耳の奥で駆け巡る。嗚呼、五月蠅い。五月蠅い。



「その子たちから離れろおぉぉぉぉぉぉ!」



 魔力の高まりを感じる。結構強いな、誰だ?



 ……冷静になれない。頭が回らない。何が起こってる。勇者、だっけか。嗚呼、どうして。

 これは、そう。ショックか。衝撃の大きさに、耐えられなくて、そう。



 視界には、ヴェルフェールに飛び掛かる男の姿が映っている。



 は? いや、待て、待て。大丈夫だ私はまだ冷静だ。


 落ち着いて、状況を整理しよう。今の今まで間違いなく私は冷静じゃなかった。いや、冷静だ? うん? ああ、まともじゃない。思考がぐちゃぐちゃだ、言葉がまとまらなくて、繋がらなくて、それで。


 どうする。

 どうする。


 どうする。


 殺そう。殺すか。勇者だ。クソの駒だ。居て良い理由がない。



「ノア!!」

「魔王様!!」




 突然、水を浴びせられたように、思考がクリアになる。二人の声が鮮明に響いた。


 ヴェルフェールが、その爪で魔力の籠った男の一撃を弾き返している。



「すまん、取り乱した」



 嗚呼、くそ。ここまで動揺を晒して、恥ずかしいことこの上ない。


 だが、大丈夫。今度こそ落ち着いた。


 剣を弾かれた男は、それでもめげずに走り込んでくる。その速度は、先ほどよりも早い。



「俺が助けてやるからなぁっ!」



 勇ましく声を上げ、ヴェルフェールに突っ込んでいく姿は、こちらからすると一人芝居にしか見えない。

 冷静になって考えても、ちょっとよく分からん。酷く滑稽だ。


 もしかして、私たちがヴェルフェールに襲われていると思っている……? 


 いや、それは、流石に――――。



「うおおおおおお!!」



 …………あながち間違いとも言えないかもしれん。


 だが、そんなことは、どうでもいい。



 今重要なのは、本当にこいつが勇者なのか、という事だ。


 嫌な匂いも、異質な雰囲気も、以前戦った勇者にそっくりだ。ここまで力を放っていると嫌でもわかる。ゴミの関係者という事だ。


 だが私は非常に寛容で情け深いのだ。それだけの理由で殺したりはしない。


 そう、殺したりは。



「死ぬなよ」



 私は、勢いよく近付いてくる男へ突っ込み、その顔へと力一杯拳を叩きつけた。

 

 助けようとしていた相手からの、突然の攻撃。男は為す術無く吹き飛ばされていき、壁へと打ち付けられた。



『------我が身を持って、桎梏しっこくを成せ』


「【魔封呪縛】」



 魔法陣と詠唱、加えて髪を一本引き抜き、魔術を行使。

 男は壁に打ち付けられた状態で、手足と魔力の行使を封じられたのだった。


 鼻から血を流し、歪んだ表情を浮かべているが意識はあるらしい。だがまあ、こんなものか。



「っ…………痛、何……え、……? なん、だよ……これ。話が、違っ……!」


「気絶しないところを見るに、内包する力だけは確かなようだな」



 二人と一体分の足音と共に貼り付け状態の男の元へと歩み寄る。何を思ったのかは知らないが、どうにも驚いている様子に見える。


 こいつは状況が掴めていないようだが、私もそれは同じだ。先に質問させてもらおうか。時間が経てば意識を失ってしまう程、弱ってはいないからな。



「何しにここへ来た」


「え、あ……えっと……自分の力を試しに……痛っ」



 口を開くたびに苦悶の表情を浮かべているが、徐々に傷口が塞がっていくのが見える。【魔封呪縛】で魔力の行使は行えないはずだ。


 ライラとヴェルフェール、両方へと視線を送るも何も分からないらしく首を振ってくる。

 まあ直接聞くのが手っ取り早いか。 



「その力は、なんだ。神と関係しているのか」


「……ここに来るときに、力を貰ったんだ」

 


 力を貰った? こいつ、まさか本当に……。いや、あり得ない。勇者であれば、あの程度の攻撃も魔術も、まともに受けるはずがない。こんなに弱いはずはないのだ。



「詳しく話せ」



 【収納】の空間から一本の剣を取り出し、男の首元に突きつける。剣に乗せた殺気を、男は感じている事だろう。

 死ぬか話すか。どこかの国お抱えの暗殺者でもない限り、答えは明白だ。



「わ、わかった、話す! 話すからその剣を下ろしてほしい! ……し、信じられないかもしれないけど、俺は別の世界で死んで、ここに連れてこられたんだ。その時に、悪逆非道の魔王を倒せって神様に言われれ、たくさんの力を貰った。……今のは、魔力を使わない【自己回復】ってスキルの効果」


「別の世界……そんなことって、ほんとにあるんですかねー?」


「ほ、本当だって! 信じてくれ! こ、この服だって、ほら! こっちの世界に無い材質じゃないか!?」


「うーん、服にはあんまり詳しくなくてですねー。そんなことより、まおーさまを悪く言ってた事のほうが重要なんですけどー」


「友の悪口は、看過できん」



 二人が完全にこの男に噛みついている。どうどう。

 怒ってくれるのは嬉しいが、今はそれどころじゃない。もっと大切な事がある。



「少し落ち着け。私は、こいつの話を疑ってはいない。別の世界からというのもあり得る事で――――」


「魔王、様……? 君たち、魔王と知り合い……?」



 男は驚いた――――困惑した? 様子で問いかけてくる。人間の細かな感情なんて分からん。

 

 しかし話が逸れたことは確かだ。ライラ、目を背けるな。


 だが、どうせ言っておくつもりだったから、同じ事か。

 本当に別の世界から来たというのであれば、私の事も、世界の事も詳しくは知らないのだろうからな。


 首元へと向けていた剣を、再び【収納】へとしまう。

 理解が及んでいないのか、困惑している男の頬を一筋の液が伝う。


 私は小さく腕を広げ、揺らぐ双眸を見つめながら告げた。



「嗚呼、申し遅れた。私はノア・エストラヴァーナ。三千年前から魔王と呼ばれていた者であり、貴様の目的の人物であり、腐った神とやらの仇敵あだがたきだ」



 

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