第二十一話 格差


「ヴェルフェール、お前には時間稼ぎを――――うん? いや、よく考えたらそのまま倒してしまえるのか」


「我があの程度の獣をほふれぬとでも?」


「寝惚けていたら怪しいかもな」


「ふん、そこで見ていろノア。あっちにいる赤いのも呼び戻しておけ」



 言ったそばからバジリスクに突っ込んでいった。同時にライラへと合図をして、私の元へと呼び戻した。

 


「私たちはこのまま見ておこう」


「りょーかいでーす。出番もなさそうですねー」



 それもそのはずだ。対峙した二体だったが、身体の大きさなど全く関係ない。


 ヴェルフェールより一回りも二回りもデカいバジリスクだったが、明らかに委縮してしまっている。

 にじみ出る明確な差を理解しているのだろう、自ら動こうともしていない。


 はたから見ても、バジリスクに勝機が無いのは明らかだった。



「ヴェルフェール、今の私より遥かに強いな」


「あ、やっぱりー? まおーさまが弱くなってもー、向こうの住人には関係ないですもんねー」



 そう。そうだ。

 こうして召喚術として、彼らを呼び出すことは出来る。

 三千年前に交わした、友としての契りがあるため術式さえ用意すれば召喚すること自体は可能だ。


 この関係に上下は存在しない。対等な仲間として、協力の要請をしているだけなのだから。


 私の力が万全ではないからと言って、私を喰い殺す、なんてことはあり得ない。嫌々従っているような主従関係ではないからな。


 だがまあ、戦えば十中八九負ける。ヴェルフェールの様な戦闘に長けた幻獣には、特に。

 特殊な技能を持ち合わせている非戦闘要員ですら、確実に勝てる保証はない。


 それほどまでに、幻獣という存在は、強い。圧倒的な力を持っている。


 ただそれも当然の事で、人間やエルフといった下界で生きている者とは、文字通り格が違う。



 格とは、この世界の存在の、魂に刻まれたくらいのことだ。


 世界神を頂点とし、その下に天界や地獄界、幻界の住人、さらに下に下界の住人達となる。これ以上に細分化されてはいるが、今はやめておこう。


 この格の違い、というのはそう簡単に覆るモノではない。


 例えば、下界の勇者という存在であれば、天界や幻界の住人にも太刀打ちができる。対等に戦う事も、勝利することも可能だろう。

 言い換えれば、圧倒的な力を持つ勇者でもなければ太刀打ちすることは不可能、という事だ。



 格の差を覆すには、突出した個の力が必要不可欠なのである。



 もう一つ例をあげよう。


 冒険者ギルドのAランクを持つ者達がいるとする。以前知り合ったメリウスレベルだ。


 あれが百人集まった所で、ヴェルフェールには全く歯が立たない。なんなら傷一つ与える事もできない。

 それが千人でも一万人でも同じこと。

 

 いや、もしかしたら一万人が爪を攻撃し続けたら、僅かに欠ける、程度はあるかもしれないが。


 この位、絶望的な差だ。


 天界でも幻界でもピンキリだが、基本的には変わらない。下界の者が天界の者と同じ事を行おうとしても、ただの劣化コピーになるだけだ。いや、コピーにすらならないかもしれない。


 これが世界の仕組みであり、不条理な真実なのだ。



「覚悟は良いか、獣」


「Gruu……」



 視線を交わす二体。


 直後、ヴェルフェールの姿が消えた。


 いや、消えたと思う程の速度で突進し、バジリスクの腕を食い千切った。

 頑強だと思われた鱗など意にも介せず、一噛み。


 いとも容易く巨大な部位を千切り取ったのだ。



「この程度、我が出るまでもなかったのではないか? これに苦戦するとは、やはり衰えたな、ノア」 


「本調子ではないだけさ」


「U…………Gruaaaaaaaaaaa!!」



 軽口を吐く余裕がある。そこまで力の差は歴然であり、私も勝利を確信している。


 醜い断面から血を撒き散らし、怒りに震えるバジリスクは恐怖など忘れヴェルフェールに突っ込む。

 一歩一歩が大きく、ぐんぐんと距離を詰めている。中々の速さだ。


 しかし。



「――――『速さ』、とはこういうことだ」



 ヴェルフェールの前足が僅かにブレる。見間違いと感じる程に、一瞬だけ。


 次の瞬間には、バジリスクは地に伏せていた。

 巨体の影響で地面が揺れる。


 私の身体の数倍以上はある太さの二本足は、滑らかな断面で綺麗に切断されていた。

 私の眼が辛うじて捉えたのは、宙を滑る斬撃が二つ、放たれていたところだけだ。


 動けなくなったバジリスクは、身体を震わせ、動くことが出来ない。

 怒りに身を任せたところで、命はないと理解したらしい。


 一度魔眼を光らせるも、当然ヴェルフェールには効くことはない。



しまいだ」



 倒れ伏すバジリスクに向かって、ヴェルフェールは大きく口を開ける。


 目に見えてわかる、極度に濃縮された魔力。

 それが口内に集中する。


 間違いない、こいつはブレスを放つつもりだ。


 ライラへと伝え、急いで障壁を展開する。余波だけでダメージを負いかねない、恐ろしく濃密な魔力。



 ちらり、ヴェルフェールと視線が交わる。

 抜け目のない奴だ、しっかり障壁の展開を確認していた。口ではああだが、考慮してくれているらしい。



 ブレスが放たれる。避ける術の無いバジリスクの身体は、純白のブレスに飲み込まれた。


 そのまま勢いは止まらず、迷宮の壁へとぶつかり耳をつんざく爆発音を響かせた。



 凄まじい衝撃、その威力を物語る様に障壁には罅が入っていた。


 呆れたものだ、以前より威力が上がっている。三千年もあれば成長もするか。



 ブレスが霧散した後には、何も残っていなかった。バジリスクの身体も、腕も、血の痕跡さえも。

 やりすぎだ、とは思わなくもないがストレス発散でもしたかったのかもしれない。


 

「及第点、というところか」


「今ならその首、噛み千切ってやれるが?」


「身体まで分けられてしまったら堪ったものではない」


「ふえー、まおーさまとこんな風に話しているって、なんか不思議な感じですねー」



 悠々とこちらへ歩いてくるヴェルフェールに向かって、ライラが話しかける。

 すると、小さく上瞼を開き、意外そうに私を見つめるヴェルフェール。



「まおーさま、か。まだその名で呼ばれているのか?」


「世界中に広まっている、もうどうしようもないのだろうな」


「恨むならあいつを恨め」


「もちろん、三千年は恨んでいる」


「随分と念入りなことだ」



 ヴェルフェールは正真正銘、三千年前から私と共に過ごしてきた存在だ。

 何をしていたかも、何をしようとしていたかも、その想いも。全て知っている。


 七欲の彼らが私を慕う者であれば、ヴェルフェールを筆頭とする幻獣達は、私の隣で笑いあう友人だ。どちらが良いだとか、上だとかはない。どちらも、確かに頼りになる者達だ。


 ヴェルフェールは、その巨体から通路などの狭い場所での戦闘には向かない。そのため、今回はそのまま休んでもらう。

 最も、休むほど疲れてはいないと思うが。



「姿はみっともないが、元気なようで何よりだ」


「次はもっとマトモな状況で呼び出してやろう」


「はは、期待している。他の者にも顔を見せてやるといい」


「覚えておく」



 なんだかんだ言って、会うのは約三千年ぶりだ。旧友との再会、というべきか。

 ライラも最初以降、空気を読んで口を挟んだりはしてこなかった。


 挨拶も終え、ヴェルフェールを退去させようと、額に手を翳したその時。




 背中に気持ちの悪い、異質な雰囲気・・・・・・が突き刺さる。


 何か能力を使ったのか、それとも転移魔法陣で階層をまたいだ影響か。ついさっきまで微々たるものであった感覚が、冴えわたる様に。



 この雰囲気は、確か――――――――――――。




「勇者参上! 大丈夫か、そこのお嬢ちゃん達!」




 光の中から現れたのは、訓練場で見た、あの異質な男だった。



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