第二十話 耐性

 王都に存在する六大迷宮、第十階層へと向かう転移魔法陣付近。


 迫りくる狼型の魔獣を【時空断裂切り裂き】、一息吐く。


 三桁を越え、数えるのが億劫になるほどの敵を屠ってきた。ノンストップであったため、流石に体力の消耗が激しい。魔力の方も、三割程度は削れてしまっているか。魔術をなるべく温存し、殴り続けた結果がこれだ。ライラの方も半分は消費してしまった様子。



「これを何十回も行うのは、少々骨が折れるな」


「ちょっとー、ペースがー、早すぎるんですけどー」



 時間短縮のため、立ち止まっている時間は基本的に一瞬たりともなかった。


 探知を常時広く展開、敵の反応が少なければそのまま突進、同じ場所に三以上あれば先に魔術を詠唱し、最速での行動を続けていた。


 罠も当然、強引に突破してきた。


 迫りくる複数の毒矢を弾き返し、転がる巨大な岩を砕き、モンスターハウスへの転移魔法陣は【消魔パニッシュ】で無効化した。攻略とは口が裂けても言えない、悲惨なものだった。


 最初は慢心が過ぎるのでは、と思っていたが、他の六大迷宮に挑んでいるライラからのお墨付きをもらった。間違っても、このあたりで私が死ぬ可能性が万に一つもないと。

 であれば、多少手荒な真似をしても問題はない。


 倒した敵が落とした魔石だけは丁寧に回収している。使い道はたくさんあるからな。



「休むか?」


「む。その必要は――――……うー、では少しだけー」



 意地でもあったのか、そのまま次の階層へと向かおうとしたライラだったが、安全を優先したのか休む選択をした。

 実際、心許ない魔力で危険を冒す必要はない。

 ここにいれば、まあたまに敵は襲ってくるだろうが、それで消費する魔力より回復する魔力のほうが多い。



 さて、ここまでをまとめるか。



「ライラ、やはりここの敵は、私の魔術に多少なりとも耐性があるとみて間違いないな」


「だと思いますよー。多分迷宮の核の影響なんですかねー。まおーさまの魔力で出来たって言っても過言じゃないですからー」



 そう、ここに出てくる敵は全て、一般的な物理や魔術耐性に加え、私の魔術――――魔力に耐性があることが分かった。

 最初のゴーレムに私の魔術があまり効かなかったのも、そのためだ。


 しかし、私の魔力を元に生まれたライラの魔術に耐性はなかった。


 つまり、少しでも魔力波長が異なってしまえば耐性は発揮されないと。

 なんともまあ、ピンポイントな耐性だ。これでは私への対策と言っているようなものではないか。


 それに気付いてからは、一応ライラの魔術と私の物理攻撃を主体に攻めを続けていた、というわけだ。


 この先にいるであろう階層ボスでも、それは変わらないのかもしれないな。



 しばらくゆったりとした時間を過ごす。

 その間、特に敵が襲ってくるという事もなく、魔力の回復に専念することが出来た。



「さて、それじゃあ行くか」


「おっけーですー。叩きのめしますよー!」



 いざ、階層ボスへ。

 私たちは魔法陣へと足を乗せた。

 


 瞬時に視界が切り替わり、私たちは広い空間にいた。

 魔大国の修練場と同等か、それ以上か。それ程までに広大な場所だった。


 そして、それは不意に現れた。

 

 何もいない空間。いや、何もいないはずだった空間に、突如として巨大な獣が姿を現した。


 見下ろすように向けられた二つの眼は、魔眼だろうか、歪に光を放っている。

 鋭い鉤爪は私達を切り裂かんとばかりにこちらを向いていた。


 逆立った鱗、自身の体躯程の長い尻尾。どれか一つをとっても、人を容易に殺し得る兵器となる。



「バジリスク系か」


「なんの魔眼ですかねー」


「あんな低級のモノ、食らわんだろ」



 バジリスク系の魔物の特徴は、一様に魔眼を持ち合わせている事だ。

 石化だったり、魅了だったり、麻痺だったり。人間にとっては多大な危険を伴う相手だろう。


 しかし、元から魔力に対する耐性を十分に備えている私達にとって、そんなものはただの光る眼に過ぎない。

 


 それでは、殴ってみるとするか。



 強化のレベルは、九割。ほとんど全力と言っても差し支えない程の力だ。


 足に力を入れ、踏み込む。

 地面が抉れ、土煙が巻き上がる。


 一瞬にしてバジリスクとの距離をゼロにすれば、がら空きの腹部へ向かって腕を振りぬいた。


 鈍い音と共にバジリスクが一歩後退、身体を丸めるようにして衝撃を受け流そうとしていた。

 が、完全には威力を殺せなかったようだ。鱗が数枚剥がれ、わずかに足元がふらついている。



「痛い」



 殴った拳には、いくつかの切り傷、そして血が流れていた。鱗の強度は想像以上か。ゴーレムより硬い鱗って何事だ。



「いや、いやいや。普通あんなの殴りませんってー」


「魔術が効きにくいのなら、殴ってみるのが普通だろう」


「めっちゃ痛そうじゃないですかー、あの鱗ー」



 このまま殴り続けてもどうにかなるのだろうが、相手がどのくらい耐えるのか分からない以上得策ではない。

 


「Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」



 殴られた痛みからか、雄たけびを上げてこちらへ突っ込んでくる。

 巨体からは想像もつかないくらいの速度だ。


 しかし、この程度に当たる私達ではない。

 当然のように【短距離転移】で背後へと回り込む。


 標的を見失ったバジリスクは、ノータイムで尻尾を縦横無尽に振り回す。だが悲しきかな、上空にいる私達には当たらんのだよ。



「これ相手に接戦をする、というのものな」


「体力が多いだけの的ですよー」


「それじゃあ、お前たちがやった方法でいこう。私とライラの、合成魔術だ」


「わかりましたー。何使いますー?」


「そうだな…………いや、待て。流石に詠唱の妨害くらいはしてくるだろう。ここは安全に、幻獣に時間を稼いでもらう」



 以前にも言ったが、私が使えるのは魔術だけではない。幻界、というこの世界の裏側・・に同時に存在している世界から幻獣を呼び出す、召喚術も扱える。

 正確には契約を結んだ結果なのだが、意味合いは同じだ。



「まおーさまってー、そんなこともできるんですねー」


「召喚術を最初に作ったのも、私だからな」


「…………はえー」


「じゃあ、数秒時間稼ぎ頼んだぞ」


「やったりますー」



 悠々とバジリスクの前に躍り出るライラを横目に、詠唱を開始する。


 懐かしいな、誰を呼び出そうか。

 この程度の魔眼が効く奴はいないし、誰でもいいと言えばいいが…………よし。



 展開された 魔法陣は、八重・・

 封印から覚めて以降、行使した魔術の中で最も質の高い魔術。




『----幻界に座する神速の王よ、この声に応えてくれるか。盟約の友に、親愛の証を』


「来い、【召喚術:白狼ヴェルフェール】」




 世界を繋ぐ、真なる召喚術。


 現界と幻界を引き合わせる、神話の魔術。

 


 一言一言、慎重に魔力を練り上げる。

 

 体内の魔力がごっそり削られる感覚に、思わず苦笑いを漏らしてしまう。

 


 足元の魔法陣から眩い光が放たれる。そこから、圧倒的な存在感が生まれた。


 正真正銘、生物としてのが違う、存在。




「随分とみっともなくなったモノだなぁ、ノア」


「は、余計なお世話だヴェルフェール。貴様こそ、眠りすぎて運動不足じゃあないのか?」


「たわけ」




 内包する魔力も、溢れ出るオーラも、規格外。

 くつくつと笑うその姿は、誰もが見惚れる美しい毛並み持った、巨大な白狼であった。



 後にライラは語ったという。



 仲良く笑うお二方の姿は正に、御伽噺の出来事だった、と。



 

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