第十八話 爆破

 私と同じ速度で付いてくるライラのおかげか、行きと同じ速度で王都近郊の森まで辿り着くことが出来た。


 少し経てば朝日が昇るだろうという時間帯だが、周囲はいまだ暗い。少し経てば朝日が昇るだろうという時間帯。しかし睡眠を必要とせず、夜目の効く私達には昼間となんら変わらない。

 王国にある六大迷宮は川の中にある、という言葉を思い出し目下にある川の傍へと降り立つ。


 左右に揺れる真っ赤な髪は、闇の中でもよく映える。



「さて、ライラ」


「はいー」



 私たちはこれから、迷宮へと向かう。当初の優先順位に沿っての行動である。

 本来であれば私一人で赴き、攻略する予定だったのだが、様々な要因が考えられる状況になったため一応ライラを連れてきた。



 私は強い。全盛期のころであれば、一対一で私と対等に戦える者など一握りいるかどうかという世界だった。確実に負けると感じる相手など、一人もいない。それほどまでに、隔絶した実力差が存在していた。


 しかし今は、違う。


 確かに強い事には強い。だがその強さは、あくまで一般的なレベルでの強さだ。努力すれば届き得る程度の、底が見えてしまう強さ。そう考えると、身一つで飛び出した昨日の私は、少々慢心していたのかもしれない。


 だから、念のため。間違ってもこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。



「迷宮がどんなところか知ってるか?」


「勿論でーす。いくつか攻略したこともありますよー」


「それは心強い」



 純粋な戦力としてライラを連れてきたが、予想外のところで役に立った。経験者がいるといないとでは全く違う。

 ん? そういえば、魔大国にも六大迷宮の一つがあったな。



「魔大国付近にある六大迷宮には行ったのか?」


「あー……七欲の全員で行ったんですけどねー、途中で引き返しましたー」


「…………本当か?」


「本当でーす。敵わない、というわけじゃあないんですけどー、長期間国を空けるのもいただけないってスラヴィアの一言でー、帰還しましたー」


「どの程度まで進んだ?」


「感覚的にー、半分くらいですかねー。丸一日かけてー、そのくらいでしたー」



 こいつらで、そのくらい掛かるのか。とんでもなく長いか、質が高いか、量が多いか、またはそれらの全てか。

 だが、まあ。勝てないレベルではないと分かれば、そこまで心配する必要もない。

 


「近いなら先に攻略してもいいかもな」


「行くのであればー、お供しますよー」



 丈の合っていない裾をぶんぶんと振りながらのやる気アピール。なんだこの生き物、可愛いな。



 さて、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

 距離が分からない以上、多少なりとも時間が掛かってしまう。無駄話は、見つけ終えてからでもできるのだ。



「【探知】」



 魔術を展開すると同時に、様々な魔力反応が飛び込んでくる。

 野生動物や魔獣の反応を無視し、迷宮の前にいるという衛兵の魔力だけを探す。


 人間の、それも大した力も持たない衛兵は――――っと、これか。


 探ってみればなんてことない、少し歩けばすぐ着く距離だった。



「見つけたぞ」


「それじゃあ、いきましょー」



 衛兵の魔力へ向けて、光の筋を放つ。以前森で冒険者のパーティのために用いたモノと同じだ。そういえば――――なんて名前だったか。冒険者達はあの後どうなったんだろうな。死んだか、逃げ帰ったか、負傷したか。どうでもいいが。



「走るか」


「駆けっこですかー? 負けませんよー!」


「残念だったな、純粋な魔術師のライラと私では、私に分があるんだ」



 言い終わると同時に、森を駆ける。器用に木を躱しながら、徐々にスピードを上げる。周りに居た小動物は大慌てで逃げて行く。すまんな、驚かせて。


 スタートダッシュは私のほうが早かった。であれば当然、ライラは私の後ろにいるはずだ。


 ちらり、と振り返ってみれば、そこには私に肉薄する勢いで駆けてくるライラの姿があった。



 あ、こいつ身体強化使ってるのか。ずっる。


 まあそんなことをされても、容易に覆らない「差」というモノは存在する。

 己が主の力、とくと見るが良い。








「危なかった」


「あー、勝てると思ったんですけどねー」



 僅差だった。明確にゴール地点を決めてはいなかったが、光の筋が川の中へと消えていった場所へと辿りついてしまったため、駆けっこは終了。


 最後のほうは、互いに木を避けることもせず直線で突っ切っていた。環境破壊も甚だしいが、回復系の魔術を使っておいたからそのうち戻るだろう。



 さて、遊びはここまでだ。



「ライラ」


「はいー。【爆破】ー!」



 凄まじい轟音が響き渡る。同時に、天まで届くほどの水飛沫が上がった。

 まさに大爆発。


 川の中に入る手段は幾らでもあったが、そのうちライラが選んだのは、川の水を消す事だ。


 消す、というよりはじき飛ばした……? なぜこの選択をしたんだ、ライラ。


 考えている間に、水はどんどん迫ってくる。空いた穴を塞ぐように、勢いよく。


 満足気な表情を浮かべるライラの首根っこを掴めば、川の中にあった横穴へと飛び込む。その直後に、道を塞ぐように勢いよく水が流れ込んできた。


 どうやら、この横穴部分には水が入らない様に結界が張られているようだ。確かに、水がこちらに流れ込んでくる様子は見受けられない。



「ライラ、どうして飛び込まなかった」


「あ、すみませーん。ちょっとスッキリして忘れてました、えへへ」


「えへへ、ではない」



 魔術の選択といい、その後の行動といい、本当に大丈夫か? こいつ。


 七欲の中でもトップを争う程高い戦闘能力を保持している、憤怒のライラ。正直、こと魔力に関しては、頭一つ分飛びぬけている。

 実力があるのは確かだが、まだ付き合ってからの時間が短い。短すぎる。

 内面の把握があまりできていないのだ。そういう点では不安は残る。が、致命的ではない。


 観察するようにライラへと向けていた視線を、穴の奥へと向ける。ご丁寧に松明まで置かれているのは、ここが人の手が込んでいる場所だという証拠か。



 曲がりくねった道を進んでいく。

 しばらく歩くと、広い空間が見えてきた。


 松明ではなく、これは魔道具か。魔道具による明かりによって、空間が照らされている。


 その先には、大きな門。そして、背筋を立てて直立している二人の兵士の姿。



 その二人は、姿を現した私達に気が付けば驚いた表情を見せた。



「き、君たちはどうやってここに?」


「普通に、川をボーンと」



 理解が出来ない、といった様子で困惑している二人の前に、ギルマスから貰った推薦状を突き出す。説明するのは面倒だ、これで理解してもらえると嬉しい。



「これは……っ、本物か!?」



 確かに、私達二人は傍から見ればただの少女だ。戦えるように思えず、そんな表情になるのも無理はない。



「ええ、そうよ。ちなみに私たちは魔族だから、見た目通りの年齢じゃないわ」


「でーすでーす」


「う、うむ……確かにこれはギルドマスターからの推薦状で間違いない。魔族であれば、私達が分からないだけで相当な実力を持っているのだろうな…………しかし、こんな少女が……」


「現実なんて、そんなものよ」


「でーすでーす」



 心からの納得はしていないが、事実は覆りようもない。

 顔を見合わせて頷いた衛兵は、推薦状を門の隣にある魔法陣へとかざした。


 すると、大きな音を響かせながら巨大な門がゆっくりと開き始めた。



「――――では、お気をつけて。現在の最深到達度は18階層となっております。命あっての物種、くれぐれも無茶はしない様に。世界屈指の迷宮へと挑む美しき少女二人に、幸運があらんことを」



 ここに勤める衛兵の役目か、先ほどとは打って変わって丁寧な口ぶりだ。

 深く礼を行う二人の衛兵に口だけの感謝を告げると、真っすぐに道が伸びる迷宮内へと足を踏み入れた。



 門が閉まる直前、背後から嫌な気配を感じたような気がした。

 

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