第十五話 流転



 その男は、炎を出していた。








 



 出していた。



「ちょっと、いいかしら」


「うーん、これでもダメかぁ…………え? あっ、は、はい! よろしいです!」



 男と言ったが訂正しよう、少年だ。私へと向けた視線は明らかに揺れ動き、動揺が見て取れる。頬の紅潮等々は、言うまでもない。


 薄茶けたローブ、小さな杖、幼い容姿。どれをとっても半人前に満たない、新人だ。魔術について教えて貰えれば誰でもよいとは思ったが、これではそれすらもできなさそうだが。



「……まあいいか。魔術について教えてくれないかしら」


「魔術について、ですか……? はい! 僕が教えられることであれば、喜んで! ……と言っても、まだ一番簡単なのしか出来ないんですけど……」


「それでもいいわ。今やってたのは何?」


「あ、はい。今の魔術は、四大魔術の一つ、炎属性の【炎熱弾ゼスト】です」


「は?」


「えっ。……四大魔術の一つ、炎属性の【炎熱弾ゼスト】、です」


「属性って? 四大? 炎? 何を言って……え?」


「ど、どうしたんですか……? 僕、何かおかしい事言ったでしょうか……?」



 ……おかしいも何も、意味が分からない。


 四大魔術だと? 炎だと? 

 

 何を言っているんだ・・・・・・・・・


 魔術にそんな要素が介入する余地なんてないだろう。




 待て、待て。時間をくれ。



 大きく息を吸って、吐いて。吸って、吸って、吐いて。


 

 吸って、吐いて。




 よし。




「嗚呼いや、何でもない。続けてくれ……るかしら。それで、四大魔術について詳しく教えて欲しいのだけど」


「そ、れは良いんですけど……四大魔術について知らないとは、相当な場所で育ったんですね……」



 まるで自分達の住処が至高だと言わんばかりの口ぶり。だが魔大国は全体的に見れば辺鄙な場所だ、それは認めよう。それに今は教わる立場なのだ、この位は不問にしておこう。



「放っておいて。それで?」


「あ、はい。えっと、四大魔術とは炎、水、土、風の属性魔術の総称で、さっきの魔術は、その中でも炎属性に位置する最も初歩的な魔術になります」



 ……頭が痛い。


 この説明によると、魔術はそれぞれ属性が定められ? さらにどんな魔術かさえ決められているように聞こえる。



 頭が、痛い。



 いや、待て。まだ分からない。さわりしか聞いていないのだ、勘違いという事も往々にしてあり得る。実はもっと深くまで魔術を理解しているのかもしれない。



 落ち着け、冷静になれノア・エストラヴァーナ。



 この魔術論は、三千年に及ぶ超大作。無為に死ぬことが至上の存在であった人間の、唯一とも言える美点。美点まではいかないか。及第点。

 努力の、試行錯誤の結晶なのだ。魔術という原石を、彼らなりに磨き上げた末の、結論。



 これは私の知らない知識なんだ。



 早々に見限ってどうする。



 ふう、大丈夫。今ならあの憎き神ですら二分の三殺しで許してやれる程、冷静だ。

 


「さっきの……えっと、【炎熱弾ゼスト】だったかしら。これについても教えてもらえる?」


「えーっと、【炎熱弾ゼスト】はさっきも言いましたが、炎属性の最も初歩的な魔術です。詠唱することで炎の球を放つことが出来ます」


「仕組みは?」


「仕組み……? 【炎熱弾ゼスト】と詠唱して魔力を消費することで、炎の球を、出せます……」


「────え、それだけ?」


「え?」



 ……ま、まだ失望するのは早い。この少年は、本当の本当に新人ニュービーであり、理論然とした仕組みについては無知だっただけかもしれない。ちょっと辺りを探せば、人間が作り上げた魔術体系について知り尽くしている者がわんさかいるかもしれない。今回は偶々、偶々ハズレくじを引いただけだ。


 だから、大丈夫。まだ失望してない。



 まだ。



 まだ…………。







 ………………………………よし。












 それから暫くして。




 私は魔大国にいた。

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