第十六話 教鞭


 魔術とは、魔力を用いた術の総称である。


 その発動の仕方にはいくつか種類がある。


 魔法陣が必要だったり、無詠唱だったり、詠唱が必要だったり。


 これはあくまで手順の違いであり、どれが最適だと定められているわけではない。それぞれに利点と欠点が明確に存在する。



 簡単に説明しよう。



 魔法陣とは、その魔術の構成要素だ。どんな効果か、どう動くのか、仕組みはどうなっているか。魔術を発動するための基盤と言える。


 詠唱は、魔法陣の効果を発現させるトリガーになる。魔法陣だけでは、魔術は完成しない。そこに詠唱が加わり、初めて発動するのだ。魔力を込めねば話にはならないが。


 つまり魔法陣で元から定められている魔術の基盤を顕現、そして詠唱で発射。これが基本的な魔術発動の手順だ。


 例えるなら、そうだな。

 弓を引いている状態の射手がいるとする。魔法陣は引かれている状態の弓そのものであり、詠唱は握っている手、となる。



 しかし、無詠唱は違う。

 これら全てを初めから自分の頭の中で構成する必要があるのだ。


 魔法陣もなし、詠唱もなし。であれば、魔術の仕組みや構成をイメージで補完しなければならない。当然だ。練り上げる量が違うため難易度も桁違いだ。

 


 後は、そうだな。魔法陣を省略し、詠唱だけで行使するやり方もある。結局魔法陣の分を自分で理解していないといけないが。



 そしてそれぞれの特徴だが、魔法陣は、バレる。何を使うか、どんな構成か。相手によっては対抗する魔術で相殺しにくる場合もある。だが、使うと魔術発動は圧倒的に楽である。


 詠唱でも何をするかバレる可能性がある。魔法陣より多少はましだが。あと、発動が楽。


 無詠唱は、一々構成からイメージする必要があるため、面倒臭い。簡単なものなら私のレベルだと、特に何も感じないが。

 複雑な魔術程無詠唱は難しくなる。全盛期の私ですら、無詠唱で放てない魔術もあるのだ。難易度の高さがうかがえることだろう。



「っていうのがー、まおーさまの作り上げたー、最初の魔術でー」



 ということで、私は今ライラと共に魔術の訓練場にいる。欠片を集めるまで、と息巻いて王都へと行ったが、たったの一日で戻ってきてしまった。だって思った以上に人間、ダメダメで。私は悪くない。


 ダメダメというより、効率が悪い。あのまま手当たり次第に話を聞いていては、時間がいくらあっても足りない。優秀な人間を見つけるのも手間…………あ。


 優秀な人間、いたじゃないか。それも一番最初に出会った。


 メリウスだ。あいつは確かAランク冒険者とか言っていたな。つまりはそれなりの実力が保証されているわけだ。



 あの時は推薦状で頭が一杯だったんだ。だって、ほら。早く迷宮行きたかったし。



 まあ、過ぎてしまったことは仕方がない。結局ライラに教えて貰う、という方向になったが効率が良いのは確かだ。


 実際人間がどの程度の力を持っているのか、いまだ把握しきれていない。であれば、生き続けている且つ、実力が分かっているライラに聞く方が良いに決まっている。戻ってくる時間はかかったが、誤差だ誤差。



「────のでー、人間のー……って聞いてるんですかー、まおーさまー」


「……ん、ああ。聞いてる聞いてる。寝小便が治らないんだろ?」


「そーんなこと言ってませーーーーん!」



 周囲に数十にも及ぶ炎の槍を浮かばせ怒りを表現するライラ。やはり憤怒の権能を持ってるだけあって怒りの表現が上手い。面白い奴だな、はは、熱い熱い投げつけるんじゃあない。



「私じゃなかったらそれなりに痛手を負っていたぞ」


「信頼の表れですぅー」



 確かに、この程度じゃ数万発撃ったところで死にはしない。目覚めてから唯一私と魔術で戦った存在だからな、説得力が違う。じゃれあいにしては中々力が入っていると言えるが。



「だが、一発は一発だ。【お返し】といこうか」



 やられっぱなしは性に合わない。きっかけは私なのだが、言わなければバレまい。


 今度は私の背後に数十にも及ぶ炎の槍。ライラと全く同じ大きさ、威力になっている。


 当然、全てぶち込む。私は我儘だからな。ついでにこっそり【障壁妨害】でも使っておこうか。防ぐ術は与えんぞ。


 響き渡る轟音、土煙が広がる。爆風で立ち上るそれは、一陣の風によって吹き晴らされた。



 そして、その場にライラはいない。



「近距離転移か」


「正解ですー。守ったらダメだと思いましたのでー」


「いや待て待て待て。魔王様もライラも、何やってんだよ。魔術の訓練……? じゃなかったのか?」



 ストップがかかる。

 当たってないから今のはノーカン、と追撃の詠唱を始めようとしたのだが、グラトリアに止められた。


 いけない、つい熱くなってしまった。やはりライラといると魔術戦の続きをしたくなってしまう。

 実力の近い者との戦いは、どうしても血が騒いでしまう。戦闘狂というわけではないぞ。



「……ったく、スラヴィアからの頼みって何かと思えば制御役ってことかよ……」



 ライラは模擬戦の時も皆に退避させられていた。


 確かに、私と二人でいるとお目付け役でもいない限り、また何かやらかしてしまうかもしれないからな。どんまい、グラトリア。



「まおーさまはなんだかんだ言ってー、お転婆ですからねー。グラトリアもー、たーいへーんでーすねー」


「ライラ、お前の事だぞ」


「…………はぁ」



 自覚が無い奴ほど困るよな、分かるぞグラトリア。


 グラトリアは私に視線を向けて、大きく溜息を吐いた。

 うんうん、私も気持ちは同じだ。だからあんまりしょげるんじゃない。



「まあ良いですー。グラトリアなんて放っておくんですー。それより魔術ですよー、魔術ー」



 おお、そうだった。また忘れていた。効率的に動こうとライラに会いに来たのに、それを忘れて居ては更に時間の無駄だ。


 現在この修練場には私達3人の姿しかない。それも当然だ、時間は夜更け。眠る必要のない魔族とはいえ、その血も薄まれば日毎に眠気が襲い来る。


 完全に睡眠を必要としない存在なんて、私と七欲、それから三千年前から生きている者達だけなのだから。



「まおーさまがよく使う、さっきの奴ー。あれはー、現在ではー【古代魔術】といわれてましてー」


「古代魔術?」


「そーですー。言葉にー魔力を乗せてー魔術を発動するやつでーす。楽なのは分かりますけどー、抑えた方がー良いかもしれませーん」



 これが、古代魔術か。【散れ】とか【お返し】だとか。


 魔術なんて、大半は魔力とイメージに依存しているものだ。

 だから私は、基本的にその場でイメージして、創りたてで魔術を発動している。


 もちろん、元々創ってあるモノも全て使える。

 大規模なものになると、その場で創って放つ、なんて真似は不可能だからな。


 長い詠唱と、幾重にも重なる魔法陣。複雑な構成になっているそれを、一瞬で放てるはずがない。



 だから私が戦闘で使う魔術というのは、一瞬で放てる上にどんな状況にでも対応出来る【古代魔術】。それに加え、高火力の既存魔術。そして大規模な詠唱を必要とする既存の極大魔術。大まかに言えばこの三つだ。

 細かいことを言えば召喚術も使えるのだが、今は置いておこう。



「…………うん? 抑える? 何故だ。古代魔術とは言え、魔族の者は使えるだろう」


「私達は使えますけどー、全員が使える訳じゃないんですよー。世代が新しくなればなるほどー、魔力を扱うセンス……? みたいなのが減っていくと言いますかー」


「あの時代がおかしかったんだ。全盛期の魔王様が封印されてんだろ? そんなとんでもない奴らの巣窟みてぇな時代と比べちゃいけねえよ」



 どうやら、ここ千年辺りで生まれた魔族は、そこまでのセンスを持ち合わせてない者がほとんどらしい。成る程、古代魔術を使えば古い魔族だとバレるわけか。


 

 うん?



「お前達の様な長生きしている魔族がいることは、人間も知っているのだろう? であればバレた所で支障はあるまい。教国とやらはともかく、だが」


「……はぁ、もーそれで良いですー。好きにしてくださーい」



 納得いかない。

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