第十四話 遭遇

 実に順調だ。


 特にあのメリウスとかいう冒険者。あれには感謝しなければなるまい。

 信用のおける存在でなければ、ギルドの不問律に口を出すことなどできないだろう。私は実に運が良い。


 さて、そろそろ日も暮れる頃だが、どうする。

 推薦状も手に入れた事だ、そのまま迷宮に行くのもありか。

 いや、何かの時間が迫っているわけでもない。少し知識をつけるのも良いな。


 階段を軋ませながら、考える。


 フロアに戻ってきた私を、再び幾つもの視線が捉えた。随分と関心を持たれているらしい。


 一旦外の空気でも吸おうかと、扉の方へ足を進めた時、視界の端にギルドの案内板が映る。

 何気なく見つめたそこには、気になる言葉が書かれていた。

 


 「訓練場」と。



 ギルド内に訓練施設が存在するとは、予想していなかった。

 これは使えるかもしれない。


 外へ出る予定を変更し、くるり、と反転。そのまま受付へと向かう。先ほど、ギルドの説明と依頼に関して話してくれた受付嬢の元だ。


 私を見つけたらしい受付嬢の顔は、僅かばかり歪んでいるようにも見えた。少なくとも笑顔には思えない。



「訓練場を見学したいのだけど」



 単刀直入に告げた言葉に、双眸を丸める受付嬢。よほど意外だったらしい。どう思われていたんだ、私は。



「見学、ですか。ええ、大丈夫ですよ。誰でも無料で開放している施設ですから、ご自由にどうぞ」



 面倒な事柄ではないと知るや否や、さっきまでの表情が嘘のように晴れやかな笑顔を浮かべだす。確かに受付嬢の名に恥じない良い笑顔だとは思うが、もう少し感情を制御する術を身に着けるべきでは?



 訓練場への行き方を聞き終えたため、移動を開始する。

 終わり際に、試験中だとかなんとか聞こえた気がしたが、私には関係のない事だ。



 依然として視線を受けながら、教えて貰った訓練場へと向かう。ギルマスの部屋へ向かう階段の横にある通路を、真っすぐ進んだ先にあるらしい。


 途中で数人とすれ違うも、特に迷うこともなく辿り着く。




「ご、合格! 特例として、Cランクの資格を与える!」


「Cランク? 俺はFからでよかったんだけど、まあ高いランクに越したことはないか!」



 入口へと顔を出せば、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


 視線をやると、そこには複数の人だかりが。中心には、今の声の主であろう二人の姿があった。

 一人は受付嬢と似通った衣服を纏った壮年の男。



 そして、もう一人。


 

 その男は、明らかに異質な雰囲気を纏っていた。



 恐怖を感じるだとか、恐ろしい力を感じるだとか、そういった類ではない。いや、確かに人としては相当な魔力を持っていることは分かるのだが。



 形容すべき言葉は、何か、そう。私の嫌いな・・・・・匂いだ。似ている、といったほうが正しいだろう。


 

 黒髪黒眼、珍妙な衣服。相当な魔力に、嫌な匂い。私の状態が未だ不完全なため、詳しくは分からないがやはり異質な事に変わりはない。


 もしかしたら三千年の間に、こんなのが生まれる様な世界に変わってしまったのかもしれない。それだけの時間が経っているということだ。



 ここにきて正解だった。昔はなかったものを、昔はいなかった存在を、認知出来ただけでも大きな収穫といえる。心の片隅にでもしまっておこう。



 だが、今回の目的は当然これじゃない。この遭遇は偶々に過ぎないのだ。



 当初掲げていた、第二目標。



「魔術体系の把握及び、習得」



 訓練場という事は、ここで戦闘に関しての鍛錬を行うはずだ。

 その中には魔術の鍛錬を行う者もいるだろう。


 その姿を確認する。気が向けばご教授願いたいところだ。

 

 きょろきょろと訓練場内を見渡せば、隅っこの方で魔術を発現させている男がいた。

 随分とちんけな魔力だが、それ以外に鍛錬をしている者はいないらしい。できればある程度の実力がある者が良かったが、贅沢は言ってられない。


 喧騒冷めやらぬ、といった訓練場内を堂々と横切り目的の人物の元まで向かう。

 

 途中、訓練場を立ち去ろうとする集団とすれ違った。試験とやらが全て終わったのだろう。その中には当然、先ほどの異質な男も含まれている。



「うわ、めっちゃ可愛いじゃん。流石ファンタジー」



 異質な男の呟きが聞こえた。視線の先は私であり、その言葉も当然私に向けられたものである。言葉の意味がよくわからないが、敵意がない事は何となくわかる。感じるのは純粋な好意のみ。心で思っていた言葉が、そのまま口に出てしまったような、そんな。


 放っておいても害にはなりえないだろう。



 折角だ、珍しく私の興味を引いたその異質な男へと、視線を投げかける。遠目で見るより身長があるため、多少見上げるような形になってしまった。


 お返しの意味も含め、口元に小さく笑みを張り付ける。異性への効果的なコミュニケーションの一つだとラスティアに教わった。 曰く、「目を合わせてぇ、意味深に笑いかければイチコロよぉ」とのこと。



 約三千歳の年の功、酸いも甘いも甘いも噛み分け――――いや、噛み砕き嚥下えんげしてしまったほど、生き過ぎた女の助言の効果は凄まじい。


 ぼっ、と見てわかる程一瞬にして紅潮した頬。耳の先まで紅く染まっている。随分と初心うぶだな、どこまでちぐはぐなんだ。まるで訳も分からず大きな力を得てしまった子供ではないか。


 立ち止まり、私を見つめ続けていた異質な男だが、集団の波には抗えないようで、流されるようにそのまま訓練場から去って行った。


  

 一見すると、人となりは悪くないように思える。私の勘も鈍ったか? 


 まあ、いい。もう出会う事もないだろう、そこまで気にする必要もない。



 妙にこびり付いた嫌な匂いを振り払うように、魔術の鍛錬を続けている男の元へと向かった。

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