第七話 魔術戦
息をつく暇もなく、水、炎、風、土など、あらゆる属性の魔術が放たれる。
それは球体であったり剣であったり、形状も様々だ。
魔術の雨は止むことなくライラへと襲い掛かり、凄まじい轟音を響かせ続ける。
土煙が一面に広がり様子が全く見えない。
だがこの程度でくたばるほど軟弱な奴ではないだろう。
もともとこれは目くらましと時間稼ぎのつもりだったため、すぐに次へと取り掛かる。
『穿て、明の雷』
「【鳴雷】」
簡素な詠唱を告げる。火力を上げるには長々とした詠唱が必要な魔術を用いるのが良いのだが、このレベルの術者との戦闘中にそこまでやる時間を稼ぐのは少々手間がかかる。
一応これは腕慣らしという名目、そして周囲には他の人々。
力を入れすぎるとろくなことにならないのは明白である。
四方からライラに向かって放たれる雷、その速度は目視すら困難な程の速度を持つ。
轟音と共に一際大きな土煙があがり、なにかが焦げたようなにおいが辺りに立ち込める。
しかし、あれだけ質の高い魔術を行使する相手がこの程度で致命傷を負うことがないのはわかっている。
「怪我でも負ってくれると嬉しいが────【時空断裂】」
身体の内側からごっそりと魔力が持っていかれる感覚、強力な魔術はそれ相応の対価があるのだ。
無数の斬撃が、相手のいた座標へと現れる。
この魔術は指定した座標へと現れ、
空間に斬撃を無理やり上書きすることで直接攻撃することが可能となる。
大半は魔術への抵抗をすることもなくこれで終いになっていたのだが、どうだろう。
追撃の手を止め、土煙が晴れるのを待つ。
ある程度の種類の魔術を放ったがどれも問題なく発動できる。威力が下がっているのはどうしようもないのだが。
一陣の風が吹いたと思えば土煙が晴れる。
そこには最初となんら変わらぬ姿勢で立っているライラがいた。
肌の裂傷から多少の血が見られるも、その程度。
「一歩間違えたらー、あぶなかったですよー」
言葉とは対照的な、間延びした声。
これは相当気合入れて戦わなければならない。
無言で対峙する二人、今にも殺し合いが始まりそうな、そんな雰囲気が滲み出す。
それはほとんど同時、互いに魔術を行使しようとした時に訓練場に声が響きわたる。
「そこまでです、魔王様、ライラ」
どこか呆れ交じりに聞こえるのは間違いではないだろう。
スラヴィアは魔術障壁を解除しつつ停止を促してくる。
それを見てか、壁側にいた民衆も倣うように障壁を解除しわらわらと寄ってくる。
気が付けば地面は盛大に抉れ、元の綺麗だった面影は何一つとして残っていない。
「腕慣らし、でしたっけ? 少々やりすぎだと思いますが」
「だそうだぞ、ライラ」
「わたくしは悪くないと思うんですぅー」
やいのやいのと責任の押し付け合い。悪いのは私じゃない、この程度で壊れる訓練場のほうだ。
なんだかんだ騒いでいるうちに地面は綺麗に修復される。
丁寧に組まれた自己修復機能は伊達じゃないらしい。
口々に褒め讃えてくる民衆の声は多少むず痒いものを感じるが、避けられないものだと諦めるよりほかない。時間が経てばこの熱も収まるだろうと思う。
そういえば、ライラは聞きなれない魔術を使っていたな。それについて非常に興味が湧く。
軽く民衆を宥めながらライラへと近寄る。
「さっき使っていたあの魔術、やはり私が封印された後に出来たものか」
「あれはー、人間たちが作った魔術ですぅー」
「ほう、人間」
魔力を探知することすら難しかった人間が自分達で新たな魔術を作るレベルにまで至ったか。長い年月というのは本当に馬鹿にならない。
ただ、種族というのは生半可な事では新たな才能に目覚めることはない。突出した個人というのは例外としていくらか存在することは大いにあるのだが、種族全体で見ればそうとは言えない。
肉体のスペックというのは元来決められているものだ。時間が経ったからと言えそう簡単歪められるものではない。
となるとやはり、研究を重ねた結果というやつか。
面白い。
「魔術に関しては私も少々うるさくてな。実際にどの程度のモノか、見てみたいものだ」
ライラに教えて貰うのもそれはそれでいいが、そんなのは勿体ないじゃあないか。
「では探し物ついでに色々と世界を見て回ると良いでしょう」
「なんだ、てっきり止めてくるものだと思っていた」
「止めてほしかったんですか?」
「止められたとしても強引に行くつもりではあった」
わかってましたよと言わんばかりに肩を竦めるスラヴィア。
会って間もないはずだが、私のことをよく理解している。
「復活したばかりの私がすぐに旅立ってしまっては、何かと不都合が起こったりはしないか?」
こればかりはスラヴィア達だけではなく、私達を囲っている民衆も含めた問いかけだ。
折角長い間待っていたのだ、すぐに消えてしまっては落胆も著しい事だろう。
「そりゃ気にする必要ないぜ、魔王様よ。何年待っていたと思ってるんだ? 今更少し伸びたところで何もかわりゃしねえってな」
「そうよぉ~。だから魔王ちゃんのやりたい事をやるべきだと思うのぉ」
「……………別に今生の別れって訳じゃない」
そうか。そもそもちょっと旅行に行くだけ、深く悩む必要はない。
その通りだと口々に声を上げる民衆たちの顔は同然だと言わんばかりに明るい。
「ですが、最低限私達と共にあいさつ回りには行ってもらいます。民衆の方々に姿くらいは見せておかないといけませんから」
「それは勿論。断るつもりは微塵もない。一応待たせていた身ではあるのだからな」
「では行きましょうか。その後でならお好きな場所へと行って貰って構いません、魔王様が力を取り戻す事、そして知見を広めることは最優先ですから」
随分と身軽だな。まあそれもそうか、実際この国をまとめてるのは七欲の彼らのわけだし。
むしろ私なんていてもいなくても大差ない。復活した時に民衆へと喜びを与えたくらいだ。
民衆へのあいさつ回りに行こうと足を踏み出したとき、後ろからラスティアに声を掛けられる。
「ねえ魔王ちゃん」
「どうしたラスティア」
「魔王ちゃんは女の子よねぇ?」
「まあ、そうなるな」
見た目も中身も肉体構造も女といって差し支えはない。
「女の子は可愛くあるべきだと思うのよぉ」
「まあ、可愛いに越したことは無いとは思う」
「そういうのってぇ、言葉遣いも重要になるわよねぇ」
「見た目以前に中身や態度が重要という訳だな」
良いことを言う。人は外見より中身が重要。360度どこから見ても美人であるラスティアがそう言うと説得力が違う。
だがそれをなぜ今言うのか。
「だからぁ、魔王ちゃんも人間の所に行くなら言葉遣いも意識しなくちゃいけないと思うのぉ」
ああ、なるほど。つまりラスティアは私の言葉遣いを変えようとしているのか。
可愛い女の子云々は置いといて、たしかに今の私の言葉遣いは何というか、男らしいのではと思う。
以前は特にそういった関連の不利益などを被ったことはなかったため、一番話しやすいこの口調でいたのだが。
「それでも私の在り方まで変える必要があるのか?」
「美しさと言うのはね、それだけで生物の命を左右するものなのよぉ」
「生憎と美には無頓着でな、その辺りの事はよく知らないんだ」
「じゃあよっぽど。何かあった時に、必ず
3000年の重み。真面目な表情で口にする程の言葉。
元々肯定する気ではいたのだ。私が封印されている間にも、仕えて続けていたこいつが、こいつらが全く意味のない事を言うはずがない。
言うなればこれは茶番劇。周囲の目を誤魔化すためのまやかしと、建前。
「それじゃあ、善処するわ」
「うん、それのほうが可愛らしいわぁ」
満足げに笑みを浮かべて頷くラスティア。これで懸念は消えたか。
「じゃあ、行こうか」
周囲にいた民衆も全員引き連れて、私達は街の中へと向かった。
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