第八話 旅立ち
挨拶周りは問題なく終わった。
というのも、スローヴィアが先に根回しをしていたようで通りは民衆で溢れかえっていた。
後で聞いた話なのだが、スローディアはこの魔大国の民全てに思念を送れるらしい。なんでも結界関連と民衆が了承したとかなんとか。その辺のメカニズムはいずれ詳しく聞きたいところではある。
話を戻そう。
大通りへと行けば沢山の人に迎えられた。
自分で言うのもなんだが、私はこの国の象徴のような立場だ。
しかし、ここにいる殆どの者を私は知らない。
それは当然、私が封印されていたからであって、その後に生まれた者ばかりだからだ。
となるとここの者達も私の事を知らないわけで、魔王などと呼ばれる者にしては幼い姿だと驚愕したことだろう。
それでもこうして笑顔を浮かべているのはどういうことか。訓練所でも同じだったが。
「そういうものですよ」
とスラヴィアは言っていたが私にはあまり理解ができない。
立場というか、関係性というか。仕方のないことなんだろうか。
まあ気を取り直して。
皆への挨拶を済ませればあとは出発するだけ。城へと戻って適当に身支度を済ませる。
王、とは言っても豪奢な恰好でいたわけでもなし。軽く湯船に浸かり必需品だと思われる地図や衣類、加えてこの時代の金銭を空間を魔術で無理やり捻じ曲げて作った【収納】へと投げ込んで準備完了だ。
ちなみにこの準備はお付きのメイドさんが大半を行ってくれた。ちょっとむず痒い。
お付きのメイドさん、というのも実際には「護衛もできるメイド」である。一応メインはメイドではあるが、武術は近衛騎士に相当するレベルらしく七欲の彼らも認めているという。そのことをやんわりと聞いてみたら苦笑と謙遜で返された。今度それとなく手合わせをしてみたい。
さて、これで旅の準備は整った。
民衆には私の見送りはしない様に予め伝えている。
人が集まりすぎて収集が付かなくなるのは本意ではないし、この位で騒ぎを起こしてほしくはない。どうせこれからもあっちへこっちへと移動することが増えるのだから。
ぞろぞろと七欲の面子を引き連れて北門まで移動する。見送りはしない様に、と言ってはいたものの元々その場にいた者達は当然見送りをするらしい。
喧騒の中、スラヴィアが私に歩み寄る。
「本当に、行っていいのか」
再三の確認。ああ言われたが、やはり三千年の年月はとてつもない。
いくら私が
「私達にとって、時間とは流れ往くものです。それに、親が買い物に出かける時に涙を流しながら引き留める子供はおりませんよね?」
「魔王様が何を深刻に思ってるのかはわかんねえがよ、俺たちでさえその辺りの国へは一日と経たずに行けるぜ? 王国なんて半日にも満たねえ。その程度の事なんだっての」
人間にとって、時間は大変貴重なものであるらしい。一生がたったの数十年で終わってしまう、儚い生命なのだから。
確かに私は、封印されていた分を除くとほんの十年前後しか生きていない。長命には程遠い。
だがこいつらは違う。文字通り、三千年もの間生き続けていた。となればやはり、私の感覚とは程遠いのだろう。それこそ私が生きた十年程度などほんの一瞬と感じる程に。
なんとなく、納得がいった気がする。
「……じゃあ行ってくる」
僅かな懸念がなくなった今、私を引き留めるモノはありはしない。
ラスティアが口調を忘れるなとばかりに見つめてくる。わかってるって、ちゃんと意識する。
門出を祝うように笑顔で手を振っている民衆を見ると、なんだか子供になったような感覚を覚えてしまう。これから冒険の旅が始まるんだ! なんて。
「はい、行ってらっしゃいませ」
一同が頭を下げ見送りをしたと思ったら、不意にスラヴィアが下げた頭を上げ直した。
「言い忘れていました。見識を広めるとのことですが、ある程度それが達成出来たら迷宮の最深部を目指すことをお勧めします」
「迷宮?」
「はい。迷宮は魔王様の封印と入れ替わる様に存在が確認されました。その生まれ方ですが、多量の魔力を含んだ媒体を核として取り込み形成されていくようです。その核が含む魔力量によって迷宮の大きさが決まると言われています」
「多量の魔力を含んだ媒体、か」
心当たりがある。心当たりというか、目的のものというか。
「細かいことは省きますが、現在攻略されていない大迷宮は6つ。これは約三千年前から続く最古の迷宮です」
ああ、そうだ。そうだな。
どこにあるのか分からなかったが、これではっきりと目的までの道筋ができた。
第一目標、この世界の現状の把握。
第二目標、現在の魔法体系の把握及び習得。
第三目標、迷宮最深部で私の欠片の回収。
第四目標……は今言っても仕方のない事か。
現在の私の力は、封印される前のおよそ2割程。魔力も肉体能力も、扱える権能も全て。スペックがまるまる衰えている。
三千年の時間によって弱体化したのではなく、最大値そのものが激減しているのだ。
その理由が、魂の分割だ。
魂とは、端的に言えば器である。
その肉体に宿る全ての力の源。
魔力を、スキルを、筋肉を、収めるための容器の様な概念。
そして私の場合、その魂が強固過ぎた。力が大きすぎたのだ。
その影響で一つの存在として封印することができず、七つに分けてそれぞれに封印を施すことしかできなかった。
私がこの魔大国で目覚めたのは、自我を備えた魂の一欠片を回収させていたためであり、他の六つは何らかの理由で各地に散らばってしまったと。あえて散らせたのかもしれないが。
封印された後の戦いに私は関与していない。どうなったのか明確には分からないが、多分お相手が魔術か別の手段で欠片をどうにかしたのだろう。
ということで私が以前の力を取り戻すには、先ほど言っていた六つの迷宮を踏破して魂の欠片を回収しなければならない。中々に骨が折れそうだ。
とりあえずはそれを区切りとして動いて行くか。
「では……そうだな、気が向けば時々戻ってくることにしよう」
「もしもの時は、スローディアを送ります」
「……………………転移なら任せて」
私自身、転移は使えないので非常に助かる。
転移とは非常に強力な力であり、その使用には基本的に制限がかかる。魔力の限り無限に使えるのならば不正もいいところだ。そしてスローディアがどんな制限を持っているのはか知らない。
まあいい。多分どうにかなるだろう。
いざという時の保険も取った。
これからの目的もできた。
後は進むだけ。
新しく広がるこの世界を。私の前に広がる未知の世界を。
懐かしくも思えるこの感覚はいつ以来だろうか。
出発を祝福するように照り付ける陽の光。
これは私の物語の続き。
新たに始まる、私だけの物語。
歓声を背に、
お伽噺はようやく、続きのページを紡ぎ出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます