第六話 ライラ

 グラトリアとの戦闘は、多少壁や地面が荒れるだけにとどまった。

 魔術無しの接近戦だ、意識してやらない限り周りへの被害は少ない。

 

 それを知ってか否か、割と平和そうな表情を浮かべていた彼らだったが、突然その表情に影が落ちる。


 

 そう、魔術戦だ。

 ライラのことを知っているのだろう、各々が魔力障壁を準備し始めた。それほどまでに周囲へと被害が出る魔術を用いるのか。


 スラヴィア他三名も各々壁側へと寄り、結界を展開する。

 私とライラ、二人を囲うように三重ほど。



 

「ライラ、信用ないな」


「わたくしは特にー、なにもした覚えはないんですけどー」


「それも要因の一つのような気もするが」


「納得いきませーん」




 口をとがらせ文句を垂らすライラ。なんとなく、人となりがわかったような気がする。


 まあいい。実際に戦ってみればわかることだ。



 魔術戦の方が肉弾戦よりは数段やりやすい。

 だが今は寝起き、さきほど同様に衰えやその他もろもろの影響は当然あるのだろう、注意しなければ。




「ではー、いーきまーすよー」




 杖の先端がこちらを向く。

 魔術は発動されてからレジストすることも破壊することもできる。まずは様子見しておこう。


 ふわりと風が頬を撫でる。


 ほんの僅かだが、魔力を感じたような気がした。




「────【幻風トゥルフレシア】」




 杖が横に振られる。


 その瞬間、何かにぶん殴られたように身体が吹き飛ばされた。



 何が起こったかわからない。魔力の反応が全くなかった。



 体制を整えようと身体を捻った途端、今度は上から押しつぶされるような衝撃が加えられる。


 地面に叩きつけられる直前に、魔力の塊をぶつけ衝撃を相殺。両足で着地する。



 現象は全く理解できていない。しかしライラから魔術による攻撃を受けていることは確かだ。




「妙な魔術だな」




 再度杖が横へと振られる。

 また妙な攻撃が来ることは間違いない。


 だが、所詮それは魔術である。




「【消魔バニッシュ】」




 伸ばした手の平、その先には幾重にも重なった複雑な魔法陣が浮かぶ。


 光が弾けたような錯覚をおぼえたかと思うと、一陣の風が身体を撫でた。

 



 原因がわからなければ、魔術自体を消してしまえばいい。

 一帯で構築されている術式を全て崩し、魔術を無効化した。


 何をされたかは後で聞けばいい。私が封印されている間の魔術の様だし。




「むむっ。【炎熱柱コロナ】」




 ライラと私を遮る様に巨大な炎の壁が現れる。


 名称は当然知らない。よし、しばらく魔術に疑問を持つのは止めよう。起こった現象に対応するだけだ。

 何度も疑問をもって考え出したらキリがない、どのみちわからないのだから。




「【爆ぜろ】」



 結界の限界に届くほどの巨大な炎の壁はいとも容易く霧散した。

 昔を思い出しながら口にした詠唱は難なく発動するらしい。


 開けた視界の先、そこには背後に巨大な魔法陣を展開するライラの姿が。




「【波濤瀑淵流メイルスフィア】ですー」




 私を飲み込むように、今度は巨大な水の渦が展開された。


 息を止め、焦らずに魔力障壁を張る。

 時折混じる氷の刃は障壁を貫けず、粉々に砕けた。



 ふむ、威力は大したことがないのか。



 

「まだまだですー。【転水コンヘラシオン】!」




 荒れ狂う水の大渦は途端に凝縮され、鞭のような状態となり私の両手両足を括りつける。


 ここまでは私を拘束するための手順か。

 出方を窺うため、それと様子見がてら全て受けに回ってきたがそろそろ私からも動かないといけないか。




「【散れ】」




 私を縛りつける水へと念じる。


 通常ならそのまま霧散し解放されるであろう水の拘束具は、大きく撓んだだけにとどまり両手両足を掴んで離さない。

 凡そ私の魔術より、強度が高い。


 視界の奥で、ライラが緩く微笑んだような気がした。


 膨大な魔力が彼女を中心に渦巻いていく。




『────水玉の理巡りて、無窮の氷獄と化せ』


 「【天魔封ずる神氷の檻】」




 詠唱が完成し、杖の先に幾重にも重なる水色の魔法陣。


 魔力が爆発したと思えば、私もろとも・・・・・周囲の空間が氷に閉ざされた。

 その氷はパキパキと音を立て際限なく広がりを見せる。

 

 …………詠唱しただけあって、魔力の密度が相当高い。口を開くこともできないし、真面目に力を籠めないと脱出できないかもしれない。


 完全に動きが封じられた状態でも、あくまで冷静に。


 ライラが次の詠唱に入っているような仕草は見えない。声は聞こえないから適当に判断するしかないが。



 では、反撃と行こうか。


 丁寧に魔力を練り上げる。

 さきほど用いた魔術の、軽く数十倍。

 

 手順は簡単だ。

 練った魔力の形を明確にイメージして、放つ。


 今イメージしているのは【崩壊】。すべての氷が粉々に崩れるさまを思い浮かべる。


 そして、放出。



 溶けることも壊れることもなさそうだった巨大な氷の塊は、内部から徐々に罅が入り、大きな音を立てながら欠片となって地面へと崩れ落ちた。




「いい魔術だ、おかげで鈍っていた感覚が少し取り戻せたような気がする」

 


 

 無詠唱で温風を吹かせる。氷のせいで少し肌寒い。

 

 


「……お褒め下さり、ありがとーございますぅー」



 

 眉間にしわを寄せ口を尖らせるライラ。

 次の一手でも考えているのか不満なのか、それだけ判別がつかない。


 しかし一区切りがついたような気がしなくもないが、どうしよう。




「まおーさまにー、提案があるんですけどー」




 悩ましげに首をかしげていると、ライラから声がかけられた。

 地味に割と距離が離れているのによく通る声だ。




「うん? どうした」


「さっきはーわたくしが攻撃したのでー、次はまおーさまがー攻撃してきてくださーい」




 提案というより、指示に近いんじゃないかそれ。


 だが悩んでた私にとっては願ってもない言葉だ。

 

 一も二もなく賛成する。


 攻めるタイプの魔術は確かにあまり使っていなかった。お言葉に甘えるとしよう。




「では、幸先よくぶっ放そうか」




 ライラが発動した障壁を目標に定め、乱雑に腕を振るう。


 それに呼応するように、私の背後に現れた小型の魔法陣の


 数えることが億劫なほどのそれは、様々な色に彩られている。




「私の番だ。【幕開け】」




 空間を埋め尽くすように、魔術の弾幕が放たれた。


 

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