『優秀な兄PTとクズの弟PT』 その8



「集え! 戦女神達よ! ワルキューレ・オペレーション!!」


 剣を抜く金属音と共に、シンフォルニアの声がミリアルドの耳にまで達した。


「ちぃ!」


 ミリアルドは抜いたまま手にしていた始皇帝の剣を即座に鞘へと収めた。


「くそが!!」


 複数の気配が並んで飛行していることにはたと気づいた。


 ちらりと視線をまわすと、何体もの戦女神達の幻影がミリアルドを追い抜いて、将軍や地上に展開しているギルガント兵達へと向かって行く。


 ワルキューレ・オペレーション。


 それは、シンフォルニア・アーシュタインだけが使用できる神器『ワルキューレの涙』に付随している特殊アビリティと言える。


 数多のワルキューレの涙によって形成されていると言われる『ワルキューレの涙』を真の勇者が手にした時、涙を流したワルキューレの幻影がこの世に出現するというものである。


 出現するワルキューレの数はその時々によって異なる。


 今は数十体ものワルキューレの幻影が剣や槍や斧などを手にして、シンフォルニアの意に沿ってギルガントへと向かって行っている。


「弟の……いや、ギギルガント帝国の好きにはさせない! ワルキューレよ、突貫せよ!!」


 シンフォルニアにさえ抜かれて、ミリアルドは最後尾にいるような形になってしまった。


 幻影とは言え、ワルキューレ達は地表を這うように行進しているギルガント兵へと挑むかのように己が持つ武器を振るい戦闘を始めている。


 所々で武器と武器とがぶつかり合う鈍い金属音が鳴り始め、ここが戦場なのだという認識が強まっていく。


「しゃらくせぇ!!」


 イライラが頂点に達してか、額に青筋を浮かび上がらせて、聖剣ラストレギオンを取り出した。


 聖剣ラストレギオン。


 それは、勇者だけが持つことを許されている聖剣である。


 所有者の意を汲む『柄』だけの剣。


 その造形や効果は、所有者の思うがままという変幻自在の聖剣だ。


「分かってんだろ!! ラストレギオン!! 俺のこの憤りが!!」


 柄だけの聖剣に両手を添えて、頬をひくつかせながらそう怒鳴る。


「聖剣ラストレギオン!! 焼き払えや!! シンフォルニア共々!!」


 その声に呼応するかのようにラストレギオンから白い光が発せられた。


 その光は最初はゆっくりと円上に段々と広がっていき、ミリアルド本人を円の中に飲み込んだ瞬間、これまでの速さとは打って変わって、光の速さと見紛うほどに広まっていき、


「貴様、何を!!」


 異変に気づいて振り返ったシンフォルニアを飲み込み、


「……」


 ワルキューレ・オペレーションによって現出したワルキューレの幻影を残らず飲み込み、


「ああああああああ!!」


 地表にいるギルガント兵達を容赦なく飲み込み、


「な、な!!!」


 唐突に迫ってきた光になすすべも無くギルガント兵を率いていたレオベスト・マーランド将軍も光の中へと消えていった。


「消えろ、雑魚どもが!!」


 周辺にいた者達全てが光の球の中に消えていった頃に、その中心付近からミリアルドの嘲るような声が流れると、光の球が光の柱へと形を変化させていった。


 そして、ありとあらゆる物を焼き尽くすかのような轟音をとどろかせて、光の柱は空へと向かって舞い上がっていく。


 上空の雲を消したと思うと、風にでも吹き飛ばされたかのように光の柱はさっと消滅してしまった。


「この勝負、俺の勝ちだな」


 巨大なクレーターが地上にできあがっていた。


 そこに湖か何かがあったが、干ばつか何かで星挙がってしまったかのように巨大なくぼみがそこにできあがっていた。


 そこにいたはずのギルガント兵達はおろか、指揮官であったろうレオベスト・マーランド将軍だけではなく、シンフォルニアが呼び出したワルキューレの幻影の姿などが最初からそこにいた事自体が幻であったかの如く消えていた。


「貴様という奴は!!」


 クレーター付近にいる生者は、翼を羽ばたかせ続けて空に留まっているミリアルド。


 そして、翼をしまい、地に足を付けているシンフォルニアのみであった。


 そのシンフォルニアは、圧倒的な防御力を誇る神器の防御力があってか、ほぼ無傷な状態でミリアルドの方に身体を向けて、沸き上がる怒りを抑制できないといった表情で睥睨していた。


「功を焦るのが悪いんだぜ。俺もつい焦っちまってな。ついついやっちまった」


 ミリアルドは嘲笑をシンフォルニアに見せたまま、いけしゃあしゃあとそう言ってのけた。


「嘘を吐くな! お前は嘘を吐くときに、薄ら笑いを浮かべる癖がある! 兄に分からないと思っているのか! 高貴なるワルキューレさえ消滅させるとは何を考えていた!」


 シンフォルニアは憤怒という激情を収める事ができずにいる。


 それも当然であった。


 神器がなければ、シンフォルニアもあの光の柱の消滅と共に消し飛んでいてもおかしくはなかったからだ。


「すまなかった。ただの出来心だ。そう……出来心なんだ。分かるだろ?」


 ミリアルドは髪の毛をかきむしりながら、シンフォルニアから目を反らして、にやついていた。


 弁明しているつもりなのだろうが、心からの言葉がないのが、ふてぶてしい態度からもありありと窺える。


「……弟よ。私に新たな目標ができた」


 シンフォルニアは深呼吸を一度してからそう切り出した。


 息と共に怒りを外へと放出したのか、その顔から憤怒はかき消えていた。


「は?」


「一度粛正してやらねばならないようだな。その腐った性根を私が修正してみせる」


 生真面目さというべきなのか、性善説を信じているというべきなのか、ミリアルドを修正できると信じて疑わない表情がそこにはあった。


「ははっ! やれるものならやってみな! 俺は変わらない。自分の欲望に忠実なところとかな、特によ!」


 ミリアルドはシンフォルニアに蔑視を返した。


 そんな目で見られているのを理解していながらも、シンフォルニアは正義さを重んじるような視線をミリアルドに向け続けている。


 それは真の勇者だからこそできる信念から来る物なのだろう。


「終わりそうだな」


 ミリアルドはまっすぐな視線にうんざりしてか、自分達が進んできた道を振り返った。


 視界には、動いているギルガント兵は一人としていなかった。


 他の者達が争いながらも、戦いの合間合間にギルガントを殲滅していったからなのだろう。


 だが、まだ小競り合いは続いているようだった。


 シシットとアリーネ。


 アイアンウィルと清姫。


 そして、エメラルダとマルグリット。


 彼ら、彼女らの争いはまだ継続中ではあった……。

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