『優秀な兄PTとクズの弟PT』 その5




 ミリアルド・アーシュタインは不死鳥の翼を活用して、エメラルダが指し示した敵がいる場所へといの一番でたどり着いたのであった。


 ギギルガント帝国のレオベスト・マーランド将軍の部隊と思しき者達の進軍を滞空したままで見守っていた。


「聞いていた数と違うな。どっかの部隊と合流でもしたのか?」


 数百と聞いていた強化型ギルガントが眼下に見える限り、千人はいそうであった。


 しかも、綺麗な隊列を維持して土煙を上げながら、さきほどまでミリアルド達がいた方向へと向かって行軍をし続けていた。


「ああ、そうか、そうか!! 計画を前倒しにしてディビート王国を潰すつもりか! ふははっ!! はははははっ!!」


 ミリアルドは唐突に腹を抱えて笑い出した。


「俺達が動き出したのを知って焦ったのか、こいつらは。そうだとするのならば、おめでたい奴らだな! 尻尾を巻いて逃げればよかったものを! はははははっ!! バカだな、こいつらは!! わざわざ死にに来て!」


 笑い続けているミリアルドに追いついたエメラルダがそんな彼を見て、小首を傾げてみせた。


「雑魚が群がっても、俺達を倒せるワケがねえだろうが!」


「一人倒して金貨四枚……割に合うかどうかは不明になったわね」


 エメラルダは敵の数を見ただけで疲弊してしまったのか、眉根に皺を寄せて深いため息を吐いた。


「あいつらが半数は倒してくれるだろうからそこまでの重労働にゃならねえよ」


「それもそうね。あの人達にやってもらうのがいいわね。雑魚処理は」


「ああ」


「いつ来るのかしらね。あの糞女達は」


「……もう来ている。回避するぞ」


 唐突にミリアルドとエメラルダが日陰に入ったかのように影に覆われた。


 その二人だけではなく、地上を行軍しているギルガントの兵士達の一部も影の下に入っていただけではなく、地表の一部に巨大な影がさしていた。


「兄貴のパーティーはえげつないな」


 ミリアルドは影が何によって生じたのか目視せずに不死鳥の翼で全速力で影から離れようとする。


 不死鳥の羽から数多の飛び散る火の粉をまき振りまきながら影から逃れようとする。


「はい、はい」


 エメラルダはけだるそうにそう返事をして、突如出現した影から逃れるようにして翼を羽ばたかせて、素早く飛行する。


 ミリエルドも、エメラルダも熟知しているのだ。


 この影の正体が何であるのかを。


 二人が影のかからない位置まで退避した頃合いを見計らったかのように上空から一頭の鯨が落下してきた。


 空が海であり、そこにいた鯨が偶然にも地上へと降りてきたかのように落ちてくる。


 影はその鯨の巨体によって生じたものであった。


 行軍していたギルガント達も鯨の姿を見定めてか、隊列が崩れ始める。


 影から逃れるようにして右往左往する者や、他者を押しのけてまで逃げようとする者までいて、混乱が始まっていた。


 蜘蛛の子を散らすというのはこういった光景かもしれない。


 ミリアルドはその様子を見下ろしながら、そんな事をとりとめも無く思っていた。


『聖なるクジラの愛撫(セント・ホエール・ボディプレス)!!』


 逃げ切れなかったギルガントの兵士達は、マルグリットが召喚したであろう聖なるクジラ・アポロギウスの下敷きとなって無慈悲にも圧死していったのであろう。


 アポロギウスの巨体が地面へと落下した時、そこここから悲鳴が上がると同時に砂煙がそのクジラの巨体を覆い隠すほど立ち上り、突風でも吹いたかのような状況になっていた。


 それだけには留まらず、クジラの身体が地面に叩き付けられた衝撃がちょっとした地震が起こったかのように地面が揺れて、何十人ものギルガント兵が転倒していったのが見て取れた。


 その混乱の最中、クジラの上に乗っていたであろうマルグリット、アリーネ、清姫が戦場へと降り立っていく。


 マルグリットが司教の能力を使用して、絶対神の使いと言われている聖なるクジラ『アポロギウス』を召喚したのだ。


 そして、乗り物のように扱い、戦場になるであろう場所まで飛んできたのだった。


 ようは奇襲によって戦力差というべきか、数による暴力を未然に回避するというシンフォルニア達の作戦であった。


「この混乱に乗じて、俺は行く!」


 ギルガントの行軍が停滞していた。


 道を塞ぐかのように巨大なクジラが地面にいるのだから当然の事であった。


 好機だと捉えて、ミリアルドはエメラルダが付いてきていることや、シシットやアイアンウィルが来ているかどうかさえ確かめもせずに不死鳥の翼で駆け抜けようとする。


 その先は将軍がいるであろう最後尾であった。


「行かせない!」


 シンフォルニアの声が背後から響くや否や、ミリアルドを追い抜いた。


「ちぃっ!! シシット!! あいつを止めろ!!」


 その声に答えるように、レンボーロードに乗って超高速移動しているシシットとアイアンウィルが一瞬にしてミリアルドに並んだ。


「人使いが荒いのう。わしのような老人には労いというものが……」


 シシットは空を仰ぎ見ると、腰に手を当てて、腰痛持ちだと言いたげに腰を揉み出した。


「……姫のパンツ」


 ミリアルドが聞こえるかどうか定かではないほどの小声でぼそっと呟くと、


「わしに任せろ! わしの魔法は世界一じゃ!! わしに不可能などないわ!!! 下着のためならば、わしにやれんことなどないわ!!」


 シシットの目の色が変わり、壮年と見間違うほどの闘志をたぎる清閑な顔立ちに見せて、


「悠久の時を繋ぐ道を断つは、大地の息吹。息吹はいずれ大地となり、大地はやがて山となり、谷となる! 我が前に現れん!! 絶壁のグランドウォール!!」


 シシットの詠唱が完了すると、地表の一部が蠢きだし、その辺りにいたギルガント兵達を跳ね飛ばすようにして地面がせり上がってきた。


 地面から伸びてきたのは、巨大な土の壁であった。


 壁は先行しようとするシンフォルニアに通せんぼせんとばかりに立ちはだかるほどの高さまで達した。


「ッ?!」


 さすがのシンフォルニアも眼前に突如壁が出現した事によって怯んだ。


 速度を落として、壁の手前で進行するのを躊躇う様子を見せた。


「シンフォルニア様、先に!」


 アリーネの声が壁のその先からするなり、シンフォルニアの進行を妨げていた土の壁が雨とは異なる滝のような水流によって崩されていくように崩壊していった。


「アリーネ、感謝する」


 壁が半壊したその先にいたのは、竹箒に乗って宙を浮遊するアリーネであった。


 シンフォルニアに感謝の言葉を投げかけられて、アリーネは頬を赤らめてはにかんだように笑った。


「あんたの姪、貫通済みかもな」


 ようやくシンフォルニアを追い抜いたミリアルドがレンボーロードに乗って併走し続けるシシットに下卑た笑みを投げかけると、


「それもまた一興じゃな。さて……」


 シシットはレンボーロードからひょいっと飛び降り、


「姪とギルガントとのお遊戯の時間じゃ。後は頼む、アイアンウィル、エメラルダ」


 何もないところから竹箒を出現させて、アリーネに倣うかのように乗って見せた。


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