ミネローク島編
『優秀な兄PTとクズの弟PT』 その1
二十二の大陸からなるファーストランド。
二十二の大陸のほぼ中央に存在するミネローク島。
数週間前、ギギルガント帝国のレオベスト・マーランド将軍が数百人もの強化型ギルガントを率いて、ミネローク島を支配していたディビート王国が有する鉄騎兵団を一瞬にして蹂躙した。
ミネローク島の半分以上の領土が僅かな間でギギルガント帝国の支配下に置かれ、ディビート王国は体勢を立て直すこともままならず、国王であるビート十四世は苦肉の策として、各地にいる勇者に助けを請うたのであった。
そんな救援要請に応じた者達がいた。
その者達は……
「喜べ! 勇者様が来てやったぜ!」
レオベスト・マーランド将軍を討伐するために来たと宣言し、勇者の証明である始皇帝の剣をかざして、ディビート王国の首都にあるパルタザル宮殿へと正々堂々と入城した者達がいた。
勇者と言われるシンフォルニア・アーシュタインの実の弟であるミリアルド・アーシュタイン達である。
ミリアルドは実の兄であるシンフォルニアも持つ燃えさかる炎のような赤髪を煌めかせながら、国王であるビート十四世がいる大広間へと向かっていた。
その後ろには、シーフ属性の元司祭であるエメラルダ・フォン・ヴァナージ、魔術師養成の魔法学園リリースの元校長であるシシット・ブラウナー、常に賢者モードの賢者アイアンウィル・ディメーションが続いていた。
宮殿内にいる兵士達はそんなミリアルド達を不思議なものを見るような目で眺めていた。
そんな視線の意味をミリアルドは即座に理解してか、
「……ああ、偽善者の臭いがするな。反吐が出そうになる」
不機嫌そうな表情を隠しもせずに口にした。
「あいつがいるって事は、かまととぶった小娘もいるって事よね。ああいう小娘はアヘ顔がお似合いなのよ」
エメラルダもまた忌々しげにそう呟いた。
「優等生もいるはずか。面倒だ、ああ、面倒だ」
シシットはさほど面倒には思ってはいないのも関わらず、大げさに頭を抱えて見せた。
「……俺、どうでもいい。いじるの大事。妨げられなければどうでもいい」
アイアンウィルはおそらくはマントの下でいじり続けながら、誰に言うともなしにそう言う。
もちろん、ミリアルド達三人はそれが通常運行であるかのようにスルーした。
そんな四人が大広間の前まで来ると、扉の開閉を担当している兵士数名が何も言わずに扉を開けた。
ミリアルド達は当然といった様子で、確たる足取りで王などがいるであろう大広間へと入っていった。
正面には玉座があり、そこに王であるビート十四世が目の下に隈ができている、沈痛そうな面持ちでぐったりとした姿勢で腰掛けていた。
まだ少女と呼ぶに相応しい容貌の女性がビート十四世の肩に手を置いて、人を思いやるような笑みを浮かべながら何やら話しかけていた。
そんな二人の関係性をミリアルドは即座に理解しながら、大広間に集まっている顔ぶれに視線を流す。
「うげぇ……」
大広間には、警護の兵士や官吏などを含めて百人ほどの人々がいるようであった。
その中に見覚えがあるというべきか、昔からよく知っている顔ぶれの四人がいたものだから、
「……ああ、偽善者の臭いが……。偽善者臭ぇ……うげぇ……吐きそう……」
その場に立ち止まり、その者達を見ながら、聞こえよがしにそう口にして、口元を手でおさえた。
「ミリアルド、君の悪名の高さ、そして、子悪党ぶりには辟易する。そういった態度を改め、改心したまえ」
ミリアルドと似た顔立ち、そして、炎のように燃えさかるか如く真紅の髪を有する点などが瓜二つの男が優しく諭すように言う。
顔は似ているものの、表情は相違点を探す方が難しかった。
どこか斜に構えたような目つきのミリアルドとは異なり、目は優しさを帯びており、どんな事も包み込んでしまいそうだ。
左側の口角が多少つり上がっていて卑怯者そうな外見ができあがっているミリアルドに対して、その男はふっくらとした唇をしていて優男である事が一目で分かる。
何よりも二人の決定的な違いは雰囲気であった。
ミリアルドはシーフと海賊と勇者を掛け合わせたような混沌としたオーラを放っているのに対して、その男は後光が差していそうなほどの勇者オーラを発していた。
「は? なら、兄貴。あんたの偽善者っぷりを直したらどうだ? 兄貴の偽善っぷりが俺の耳にまで届いてきて、吐き気がして仕方がないんだ。どうにかしてくれよ」
勇者然としたオーラを持つその男こそが、勇者シンフォルニア・アーシュタインであった。
古来より予言されていた勇者であると同時に、ミリアルド・アーシュタインの実の兄である。
「また減らず口を」
シンフォルニアは全てを受け入れる事ができる笑みで、実の弟の戯れ言をさらりとかわした。
「勇者様。このような者達と関わり合いになるべきではないと何度も言ったはずです。実の弟であっても、関わったら最後、朱に交われば赤くなってしまうものです」
シンフォルニアとミリアルドの間に、一人の少女が割って入った。
ファーストランドにおいて一大宗教である一神教『ロメマス教』の現司教であるマルグリット・シーサードである。
十代後半ながらも、司教としての能力もとい神官としての能力は太古の昔に存在したと言われる神と同等ではないかと言われるほどだ。
エメラルダ・フォン・ヴァナージが金持ちの男を追いかけて失踪してしまい、空席となってしまった司教の席に、満場一致で座すことになった天才少女である。
「久しぶりの兄弟の対面よ。好きにさせてあげなさいよ。あ、あなたションベン臭いガキだからそんな事さえ分からないのね。可哀想だわ」
エメラルダがミリアルドの前に立ち、蔑むような視線をマルグリットへと向ける。
「エメラルダさん。あなたは相変わらず言葉が汚いですね。性根が汚いから、そのような言葉がぽんぽんと口から出るのではないですか?」
「私は堕天使のような存在なのよ。あなたみたいな優等生とは違って、汚い言葉や汚い事だって平気でできるのよ」
エメラルダとマルグリットとは昔から少なからず因縁がある。
それは、司教が病死した事によってその席が空いたとき、司教の最有力候補であったエメラルダではなく、マルグリットであった。
にもかかわらず、司教の座についたのはエメラルダであった。
何故そのような結果になったのかといえば、決定権を持つ男達をエメラルダがその身体で籠絡させていたのである。
後に真実にたどり着いたマルグリットはエメラルダを軽蔑するようになっていた。
「語弊があります、エメラルダさん。あなたは堕天使ではなく、聖書に出てくる悪魔そのものです」
「ふふっ、そうね。私は皆から小悪魔と呼ばれているものね。褒め言葉として受け取って置くわね」
「あなたを小悪魔などとは言ってはいません。悪魔と言ったのです、悪魔と」
「悪魔も小悪魔も同じ悪魔でしょ? 何か違いがあるの? 教えて欲しいわね、その違いとやらを」
「あなたという人はまたそうやって詭弁を弄して」
「ふふっ」
エメラルダは余裕綽々といった営業スマイルに似た笑顔でマルグリットの言葉をかわした。
「まだ舌をかみ切って死んでいなかったのですね、ブラウナー家の面汚しのお爺さま」
マルグリットの影から、すっと一人の少女が出てくるなり、蔑むような視線をシシット・ブラウナーに向けた。
「おお! 愛しの孫娘よ! 久しぶりじゃのう! おっぱいやお尻も大きくなって女らしくなってきておるとは、わしはとても嬉しい! すまぬが、今はいているパンツをくれんかのう!」
シシットは相好を崩して、孫娘と言った少女を生々しい目で見つめた。
そんな目で見つめられたものだから、少女は怖気でも感じたのか、ビクッと身体を震わせた。
「お爺さま、あなたをこの場で消し炭にしてもいいですか?」
「ほっほっ、可愛い事を言うようになったのう。しかしな、アリーネ・ブラウナー。その程度の実力ではわしを消し炭になどはできんよ。わしを消滅させたくば、地獄の業火程度を用意せんとな、ほっほっ!」
シシットはアリーネ・ブラウナーと呼んだ少女を見ながら軽快そうに笑った。
アリーネ・ブラウナーは、魔術師養成の魔法学園リリースの現理事長である。
シシット・ブラウナーが、魔法学園内で下着を盗んでいた事が発覚して追放される事となった折、理事長が現校長の大不祥事によるストレスとその後始末での過労とで倒れて、そのまま廃人となってしまった。
シシットの件があったため誰も理事長をやりたいと立候補する者がいなかった。
そこで、魔法使いとしては名門ブラウナー家にシシットに責任を取らす意味でも、理事長として誰かを推挙するような流れとなり、アリーネ・ブラウナーが理事長に就任する事となったのである。
アリーネ・ブラウナーの実力は、シシット・ブラウナーとほぼ同等と言われてはいる。
実際のところ、本気モードのシシット・ブラウナーには敵わないのではと囁かれている。
「まだ実力が下だと錯覚しているんですか? 今では、このアリーネの方が魔術の実力は遙かに上ですよ。年と共に実力が落ち続ける、お爺さまのようなご老人はさっさと引退するか、自殺するのが一番です。それが世間のためです」
「いやいや、わしは生涯現役かのう。パンツがある限り、わしは老衰などせぬわ。パンツの崇高さを知らんのだから、アリーネは未熟者なのじゃよ」
「知りたくもないです。そのような戯れ言」
「男を知れば分かるかもしれぬな。ミリアルド、孫娘のアリーネをファックしていいぞ」
シシットはあっけらかんとした様子でそうミリアルドに話を振るも、
「え? 嫌だよ。やっている最中、じいさんの顔が脳裏にちらついて、じいさんとファックしている気になるかもしれねえじゃねえか」
「なっ!?」
「それによ、下手したら兄貴と穴兄弟になるかもしれないんだぜ? 実の兄弟が穴兄弟とか嫌だろう、そんなの」
ミリアルドは心底嫌そうな顔をして、アリーネを汚物でも見るような目で見つめる。
「シ、シンフォルニア様はアリーネなんて相手にしません!」
アリーネは向きになって大声で否定した。
「……だろうな。お前、マルグリットと比較すると全然魅力がないしな。もっと女を磨いておけ」
「ふええええ……」
アリーネが大粒の涙を瞳にためるなり、泣き出してしまった。
「アリーネ?」
マルグリットと小声で話をしていたシンフォルニアがようやく異変に気づき、アリーネに近づき、かばうように抱き寄せた。
「アリーネに何をした?」
刺すような目でミリアルドを睨み付けながら、詰問するような口調で言う。
「ちょっとからかってやっただけだ。それくらいで泣いちまうなんてメンタル、弱すぎだろう」
ミリアルドは鼻で笑い、この話はここで終わりだと言いたげにシンフォルニアに背中を向けた。
「アリーネはすぐに泣くような子ではない。何をした?」
ミリアルドは聞こえませんと言いたげに右耳に人差し指を突っ込んで、ほじるような仕草をして見せた。
一触即発になりそうな雰囲気の中、アイアンウィルは全くもって関心がないかのように玉座の方を見続けていた。
見ているのは、王に寄り添う娘で、マントの中でずっとまさぐり続けている。
そんなアイアンウィルの態度を不審に思ってか、シンフォルニアと共に旅をしている侍の清姫が腰に佩いている日本刀の柄に手をかけている。
「因縁浅からぬ仲のようだな」
玉座に腰掛けていたビート十四世がようやく口を開いた。
「ええ、まあ」
「はい」
ミリアルドとシンフォルニアは、王の方に身体を向けて、そう答えた。
「実の兄貴だ」
「不肖の弟です」
二人はそう言うと、顔を見合わせて苦笑して見せた。
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