第11話二度目の断酒と検査結果

"いつかやめられる" "どうにかしなきゃ"と再飲酒から3年近く経ったころには飲んでは悩み、悩んでは飲みの毎日で正に"痛飲"と呼ぶに相応しい飲み方だった。

酒地獄の出口からはどんどん遠のき、もはや自分の意志ではどうにもならないと感じ始めていた。少し前まではアルコールを摂取している間は精神的安定の度合いが相応に保たれていたが気付けば安定度の間隔が短くなり一日の数時間のシラフの不快な状態がアルコールを摂取しても被ってくるようになった。だから余計に飲まざるを得ない。やめたくてもやめられない日々がいつまで続くのか。しかし幸いにもというか身体的にも悪化の兆しが同時に伴ってきた。この頃には米を食べることはできず、おかずをちょろっと食べて満腹状態で食べることが苦痛だった。常に腹の中は膨張感があり不快感で断酒前のあの症状より痛みが強く精神的疲労もあり、酒をやめるきっかけとしては申し分ない身体の悲鳴だ。それがちょうどその年の大晦日の晩で体調が最悪のなか最後の焼酎ロックを飲み干して新年を迎えた。

体調の悪さからロクに眠ることもできなかったが断酒ができる安堵感が確かにあった。

今回の体調の悪さは前回よりはるかに悪く、身体的にも精神的にももはや手遅れかなとも思えた。大体2週間ほどは一日一食おかゆを茶わんの半分をやっとの思いで流し込むのが精一杯でアルコールを摂取していないのに頭の中は常に飲んでいる時のクラクラとした状態が続いた。

断酒をしてから2週間ほど経ちとうとう病院に行った。といっても大学病院のような事細かく精密に調べられるのが恐かったので近所のいわゆる町医者だが。やはりジジイのやってる小さな町医者だから問診と血液検査くらいでその日は終わり検査結果は約1週間後だったが、断酒を決めた辺りから検査結果が出る数日間はいろいろな覚悟を考えていた。すでに肝臓は一部線維化していて肝硬変の一歩手前まできていると言われても「あんた、もう末期だよ。」と宣言されてもショックを受けないようにあらゆるシミュレーションを自分なりに考えていた。ただ前々から自分の死というものを客観的に見れたというか「まあしょうがないな。」という感情が生死の比重を幾分か和らげているせいか死への恐怖感はそれほどでもなかった。それより最悪の事態を踏まえて身辺整理をしなくちゃいけないなと思った。まずオレには消費者金融の借金がある。残債20数万円だが完済して解約することとオレ名義のあらゆる金融機関の預貯金引出と凍結手続きやらオレが死んでからは遺された者たちが苦労するであろうオレに関わる全てのモノをキレイに片づけなきゃならないという思いがあった。あと毎月、微蓄ではあるが娘達名義の通帳も作ってあるから印鑑とカードの暗証番号も伝えなきゃなとかオレの生命保険の受け取り方も教えなきゃとか家族に宛てた最後のメッセージも書かなきゃいけないなとか、「あっ、でもそういったモノは一体いつ渡したり手続きすればいいんだろう、すぐ死ぬわけじゃないしタイミングってものがあるじゃないか」と妙に考えたりした。それと同時に入院先ではタバコを吸える場所はあるのだろうか、絶対喫煙スペースがないとむしろそれがストレスとなって別の病気を引き起こしかねない。

ネットや本でアルコールによる肝硬変の患者の記事などを読みながら改めて今の自分の立ち位置を確認しつつ感慨にふける日々だった。

そして検査の結果は「アルコール性肝炎」だった。γーGTPが647と断酒から2週間経ってからの検査でも極めて高数値だったのはちょっと驚いたが(γーGTPというのは禁酒1週間程度するとガクッと数値が下がるらしい)、診断結果が肝硬変ではなかったのが正直言って心に灯がついたような妙に安心した気持ちを感じた。それとともにこれまで傍若無人な振る舞いにも耐え続けてきた我が肝臓に対して心底申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

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