第8話自分の決めたルールの果て

独立はハナっから考えていた。理由は青臭い言い方だが会社の歯車としてはオレの性格上、まともにやっていけないと思っていたからだ。若い頃からそうなんだが人との関わりは大事だが集まりの中は苦手で自分の考えや行動を素直に表すことができないというか苦痛でしかなかった。だったら動ける限りは自分一人でやってこうというのが常に頭の中にあったからだ。

独立というモノは背もたれのない椅子のようなものだ。会社に属していれば、あらゆる部分で支えがあるが独立すると何から何まで自分が動かなければ回っていかない。大変だが一方で自由になれた感覚もあった。そこには会社のルールはなく最低限の社会的ルールと自分の決めたルールだけでメシを食っていける、オレにとってはうってつけの職業だと思っている。だが"自分の決めたルール"が1日の大半を占めている分、酒が付け入る隙も容赦なかった。自然に当たり前のようにだ。

元々、他人と接する機会があまりない職業の為、二日酔いでフラフラだろうが酒臭さいだろうが気にすることなどなかったが、やはり朝起きたときの後悔の念はあって「今日は絶対飲まないぞ」と誓うものの夕方近くになると「まあ一杯だけにしよう」となって帰宅すれば寝るまでの間に焼酎ロックを5,6杯飲むという生活だった。休日ともなればもうオレのゴールデンタイムだ。基本、休日は土日と決めている為、金曜の夜から日曜日までどっぷり三昧だ。結局大量に飲めば寝てしまうが、それは自然の眠りにつくわけじゃなくアルコールの作用で浅い睡眠をとっているだけなのだ。そして夜中に目が覚めると嬉々としてグラスに氷と焼酎を注ぎ、パソコンのスイッチをオンして二時間ほどマイタイムを満喫するのだ。家族が就寝中で部屋の電気もつけず、パソコンの明かりと月の灯りだけで酒を飲む。この時間が実に良い、最高のひとときだった。でまた明け方寝て昼前起きて家族にわからないようにさりげなく飲む。娘達は物心ついた頃から父親というものは朝から酒臭いんだ、でも酔っ払いじゃないしっていう印象が普通であったからなんの違和感もなかったんじゃないかと思う。ただ、普通じゃなかったんだよなあ、これが。自営業になって時間的にも拘束時間というものがないから仕事が早く終われば昼間だろうが家に帰れば即、酒を飲む。アルコールが常にあっての会話や行動、そして日常。逆にアルコール抜きで家族と向き合うことの方が異変であり事実、精神的不安定気味であったと思う。

だから当然アルコール摂取量も加速し、焼酎4リットルのペットボトルが10日もっていたのが1週間、5日と短くなり、酒を同じ店に買いに行くのが恥ずかしいというか後ろめたいという感覚になって近所の店から遠方の店まで5,6か所ローテーションを組んで酒を買った。しかも、禁断症状のスパンも短くなり震え気味の手でレジでのやりとりをしなければならなかった。一度小銭を取り出すとき店員に「そんなにあわてなくてもいいですよ」と言われた事があったが、なんかショックだったなあ。

オレの職業は現場仕事なので毎日自分の車を使って移動する。早朝飲酒運転の検問を実施してたら間違いなく引っかかるだろう。普通アル症のイメージとしては仕事もせず飲んだくれてクダ巻いて暴れて警察のご厄介になるという感じじゃないかと思うがアル症の人間は決して全員がそうではない。ほとんどのアル症は見た目じゃわからないし仕事も真面目にしている方が多いんじゃないか。ただアルコールがやめられないのだ。オレもそうなのだが一度アルコールに支配されてしまった脳はアルコールが体からなくなるとこれは正常ではない、異常だと感知してしまうのだ。平常心を失い精神的に不安定になり身体的にも震えや大量の汗をかいたりして不快になる。だから酒を飲む。ただ長期間の飲酒のせいで耐性ができてしまい大量に飲まないと正常に戻らないから始末に負えない。オレの場合、そんな日々のくりかえしである朝目覚めると右足の甲から足首にかけて皮膚の感覚がなく力もいまひとつ入らない。正座をしていてしびれというかマヒした感覚に似ていて驚いた、と同時に酒のせいだとピンときた。肝臓がかなりのダメージを受けていて血行不良のため末梢神経がおかしくなったのだと思う。でも仕事は休まずビッコを引きながら働いたし相変わらず酒は飲んでいた。途中、病院で調べてもらったが原因も病名も不明のままでビタミン剤を処方してもらっただけだった。1か月くらいしたら症状はなくなっていったが、数か月後のある日就寝中に強烈な腹痛で目が覚めた。どっちに寝返ろうと転がろうと痛みは朝になっても治まらず、その状態でなんとか仕事だけはやり遂げた。が、その日を境に酒をやめる決意をした。

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