第6話「キミ、震えてるね」

さて本当に父子家庭になったわけだが、ばあーちゃん(お袋のこと)と一緒に住む実家暮らしなので悲壮感だとか大変さはあまり感じることはなかった。いや、ないと言えばウソになるなー。現実問題としてハラ決めてあらゆる苦難困難を乗り越えていこうというのもアレなんだが、なんせオレでしょ。中途半端で逃げ腰根性で何の取り柄もないオレは立派な父親ではない。娘達を立派に育てる自信もない。いちばん親の愛情を注がなきゃいけない幼少期に離婚して父子家庭になる。元嫁との最後のお別れの時、一緒に暮らしていたあの部屋で元嫁が二人の娘を抱きしめて「バイバイ」と言って離れた後、長女は途端に泣きじゃくったんだよなあ。すごく悲しくて嫌だったんだよな。離れたくなかったんだよな。それを無視するようにオレは娘二人を連れ玄関の扉を閉めた。夕方で陽もそろそろ沈みかけようかっていう時間帯で泣きじゃくる長女と以外とけろっとしている次女と3人で近くに停めた自分の車まで歩く光景はいまでも忘れられない。映画のワンシーンでありがちな、しかし重かったなあ。

ロクに保育園の送り迎えもできず(さすがに行事には参加したが),小学校に入ってからも不器用極まりなかったが休みの日はあちこち遊びに行ったりして一緒に過ごした。普段の休日はもちろん春休みや夏休みにはキャンプにハマり、クリスマスや誕生日も娘達が欲しがっているモノを奮発し一緒に過ごした。この頃の娘達のことを考えてみると何の屈託もなく元気に変わりなく過ごしていたと思うが、心の奥でどんな思いを巡らせて毎日を送っていたのか。

急な生活環境の変化で心に傷がついてつらい思いをさせてしまった事は確かだしオレは心底悪いと思っている。

とにかく、片親世帯だからというイメージを払拭すべく楽しく、あくまで自然体でやってきた、と思う。しかし、そこには常に"酒”があった。

仕事が終わり帰宅すると同時に焼酎をロックで飲む。氷で薄まってしまう前に急いで飲み干す。オレの体の中でじんわりと染み渡ってきたところで2杯目をつぎグラスの半分くらいまで流し込めば、家族との楽しい憩いの始まりだ。世話好きのばあーちゃんが作った夕飯もそこそこに酒を飲みながら娘達と一緒に過ごす。この時が一日の中で一番幸せを感じていたが、酒というモノは変幻自在な魔物であるが故、最初のうちは許せる事でもだんだん許せなくなり、くどくなり訳の分からない事言ったりなったりで最後は記憶に残らずそのまま寝るというどうしようもない飲み方をしていた。結局、酒で酔うことで家族の団欒を深めていたという勝手な勘違い野郎だったって事だ。この時期の酒の飲み方は平日は仕事があるので帰宅後夜七時くらいから寝る11時くらいまで焼酎ロックを4,5杯飲み休日は夜明け前から飲んで寝て起きては飲んでの繰り返しだった。そして、とある日曜日の昼、テレビを観ながらあぐらをかいている所に次女が座り込んできた。ふざけてじゃれていたのだがふと次女が「キミ、震えてるね」と言った。いつもなら休日の朝方は寝起きに一杯飲むのが日課だったがその日は前の晩飲みすぎて起きたのが昼前で、テレビを観ているときもなんだか渇望感というか物足りなさというか、何か体の一部が欠如してるような嫌な気分だった。そんな気分は過去に何度かあったが平日の為、仕事で気を紛らわせる事ができた。飲みすぎで体調が悪いのかいわゆる禁断症状か、なんとなく自覚していたオレは笑いながらも半分は気付いていたから、それとなくキッチンに行き焼酎をグラスに注ぎその原液を飲んだ。するとやがて体は調子づきオレは"普通"になった。つまり体の震えは禁断症状だったのだ。

酒で酔っている時間に伴い確実に支障もきたし始めていた。

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