二枚目は死なない
江水 裕一
二枚目は死なない
「
氷室はその端正な顔をしかめっ面にして言った。
「……知らん」
それに対して、少々暑苦しい顔をした山田は静かに答えた。
「悪者を正義の味方がやっつける、って話のことだよ。学がねぇな」
「すまん……」
「桃太郎とか、水戸黄門とかさ。日本人は昔から勧善懲悪の話が大好きなんだ」
「……そうかもな」
「でもさ、俺、ガキのころにみてたヒーローが悪者をやっつけるテレビ番組って、なんだかご都合主義で好きじゃなかったんだよ」
氷室が自嘲気味にそう言いうつむいた。
「テレビに映る女子供が『助けてー!』とか言うと、すぐに大の大人が五人も出てきてさ、しかも変身して悪者をやっつけるじゃんか」
「ああ……」
「女子供、じいちゃんばあちゃん、ひ弱そうなスーツ着たおっさんとか、ヒーローが助けてくれるのはいつもそういう見るからに弱そうなやつらばっかりなんだよ」
「……」
山田は何も言わず、氷室を見つめていた。
氷室も返答を期待していないのか、構わず続けた。
「でさ、ヒーローと言えばツラが良いのが当たり前なんだよな。とくに主人公。こいつらは必ず二枚目なんだよ。ほら、源義経なんか超美形じゃん」
「……ヨシツネってのは聞いたことがあるな」
「そりゃあ、同じ高校通ってたんだからお前も義経くらい知ってるだろ。ってことで、俺が結局言いたいことはさ……」
「……」
「二枚目もヒーローは助けろっていう話だよ!」
氷室が顔を上げると、その目には大粒の涙が浮かんでいた。
しかし、それを見ても山田は太い眉をぴくりとも動かさず氷室を見つめていた。
「二枚目だってよぉ、めちゃくちゃ辛いといがあるんだよ!」
「……そうだよな」
「ゴリラみてぇな顔したお前に何が解るんだよ⁉」
「……すまん」
「謝んなよ!」
「……」
「……」
平素爽やかな顔を台無しにして、駄々をこねるように氷室は山田に怒りをぶつけたが長くは続かなかった。その場にすとん、と腰を落として氷室は立ったままの山田を見上げた。
「顔もゴリラなら体もゴリラってか?」
「顔は元の顔だが、体は強化スーツのせいで普段より大きくなってる」
「知るかよ」
氷室はシャツの胸ポケットからクシャクシャになったタバコを取り出すと、なんとか指でほじって一本取り出し火を点けた。
「……タバコは体に悪いぞ」
「さすがは正義の味方だな」
「ただの警察だ、氷室と同じでな。ただ、所属先が違うだけだ」
「……」
既に涙は止まり、腫れぼったい赤い目で氷室は目の前の現状を見直した。
マスクやヘルメットで顔を隠した男が五人倒れている。そこかしこにナイフや拳銃に交じり、サブマシンガンまで数丁落ちている。
「……死んでるのか?」
「いや、気絶しているだけだ。電撃で」
「便利なスーツだな」
「ああ。おかげで氷室を助けられた」
「……ああ」
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「……」
「……」
二人は何を見るともなく、無言だった。
が、おもむろに吸っていたタバコを床に擦って火を消すと氷室が立ち上がった。
「お迎えだな」
「そうみたいだ。氷室が先に突入したから隣の人質も無事だった」
「ただ、俺が殺されそうになったけどな」
「……」
サイレンがいよいよ大きくなり、建物のすぐそこで大勢の人が動く気配があった。それと同時に、山田と氷室のインカムから盛大に無線連絡が呼びかけてきた。
「まぁ、お前のおかげで助かったが、報告書が面倒だな」
「——氷室、さっきのヒーローの話だが」
「あ?」
出口に歩きかけていた氷室が歩を止めた。
「ヒーローがなぜ二枚目を助けないか知ってるか?」
「さぁ」
山田が困ったように太い眉を寄せて言った。
「二枚目は死なないからだ」
「……」
氷室は涼しげな目で山田を睨むように見つめたが、すぐに出口に向き直った。
「俺はたしかに二枚目だ。だから、俺を助けたお前もヒーローなんかじゃない」
「……」
「ただの警察だ、お前と同じでな。ただ……」
「……」
「俺にとってはヒーロー同然だ」
「……そうか」
ガラスの割られた自動ドアをくぐって隣室に急ぐ氷室をしばし山田は見つめていたが、すぐに気を取り直して自らも後を追った。
二枚目は死なない 江水 裕一 @y_esui
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