感覚《れきし》の無い旅人

「困ったなぁ…」


泣くだけ泣いて眠り込んでしまった幼子を腕に抱え、歩く。

仕事は代理を立ててやり過ごしている。


(仮死かな突然ショック死かな…)


ぷらぷらと揺れる脚はまだ己が死んだ事さえも気付いていないのだろう。生気で満ちているのが死者に知れたら、何をされるか分からない。


(名前、言えるのかな…)


不安しか無い。

まずこの幼子は


死とは様々な感覚を曖昧にする。

老衰で死んでも、此処に来てその姿を保っているとは限らない。生から解放された誰しもが大体、黄泉路ここで無駄に罪を増やす。


年齢詐称だ。

せっかく全うに死んでも、人は人である。


―――――――


「名前を言えない死人?」

「はい、憶(おぼえ)が無いと泣き出してしまう始末で…」

「記憶が無いと、本人が言ったのか?」

「?はい…」

「……」

「あの、」

「人ではないのではないか?」

「はい?」

「そなた、何故あれが人だと?」

「何故って、黄泉路を歩く者は皆死人だと刷り込まれているものですから…」


太陽の塔・天照の間。

吉祥と呼ばれる【選定者】は、やわらかな笑みをその美貌に湛えながら続けた。


「そうよな、あすこに神が通るなど、誰が思い至ろうか」

「かみ?」

「我の子よ」

「は!?」

「不浄を食らう御子がな、先程この綿絹の袂から、転がり出でおったのよ」


見ると確かに、袂が無い。


───────


この後、間も無く御子は母に飛び付いた。

母から使命を諭されると、自ら歩き出す。


「ついてまいれ!」


成長が速い。

確かに、人の子ではない。


「これはわれのである!」


導かれ辿り着いたのは一本の樹の麓。

神々が時に我々へ見える“姿”を放棄し、休息する場と言われているのがこの、【やすらぎの樹】だ。


「ゆめゆめ、わすれるでないぞ!」


神の類いがここから生まれるとは聞いた事が無い。

現にこの神も別の神から生まれている。


「あのう!お聞きしても宜しいでしょうかっ?」

「なんの!よきにはからえ!」

「あなた様は、吉祥さまからお生まれになったのでは?」

「そうよ!きっしょうのたもとからうまれたのよ!」


「やすらぎの樹が命とは、一体どういう事でしょうか???」

「やすら!われは、なをというのよ!」


ああん、成程~。

命って、名前の事かぁ。


───────


吉祥さまは御子のあざを考える。

あーでもない、こーでもないと、あっという間に本人が欠伸をする時間になった。


いつの間にか、子どもの姿に戻っている。


「あれっ?また縮むんです?」

「そうよ…ねむるときはこのすがたがおちつくのよ…」


何だかんだで、子どもなんだなぁ。

当たり前に手を伸ばして来るので、抱き抱えて寝かし付けた。

神様なのに、何だか可愛い。

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