崩壊

伊崎夢玖

第1話

「ねぇ、ちかちゃん。ぼくたち、どっちがいちばん?」

「まぁくんがいちばんで、しゅうくんがにばん」


小さい頃から千夏の一番は政親だった。

俺はずっと二番。


どうしても千夏の一番が欲しかった。




秀一しゅういち、帰ろう」

千夏ちかがクラスに迎えに来た。

千夏の隣には政親まさちかがいる。

放課後のいつもの光景。

政親がクラスに来る度に女子の黄色い声が上がる。

学年一のイケメンで背が高く、文武両道なモテ男。

政親を狙う女子はたくさんいる。

かく言う千夏も政親の隣の座を狙っている。

今は幼馴染というポジションで隣にいる。

でも千夏は満足していない。

どうしても彼女というポジションで隣に立ちたいらしい。

でもモテる政親は彼女を次から次へと作る。

その度に千夏は病む。

そんな千夏を見ているのが俺は辛かった。

俺は小さい頃から千夏が好きでずっと近くで見てきた。

(俺ならそんな辛い思いさせない)



「秀一、早くしないと行っちゃうよ?」

ボケーッと千夏と政親を見ていると、いつの間にか机の前に千夏が身を乗り出して立っていた。

「すぐ準備するから待ってってば」

慌てて机の中から教科書とノートを無造作に鞄に詰め込み、席を立つ。

「政親、お待たせ」

千夏が政親の元へ笑顔で駆け出した。

その後に続いて教室から出る。

昇降口に向かう階段を降りながら千夏が政親に話しかけた。

「今日、どこ行く?」

「今日は真っ直ぐ帰ってテスト勉強だぞ」

「そんなのあとでやればいいじゃん」

「次赤点取ったら留年なのはどこの誰?」

「…あたし。だって勉強嫌いなんだもん」

「僕が教えてやるから」

「政親が教えてくれるなら勉強する。うちでやろうよ」

「秀一はどうする?」

「俺は遠慮しとくよ。用事あるし」

「そっか。残念だな」

千夏が政親に勉強を教わっている様子を見ていなきゃいけないなんて、どんな拷問よりも辛い。

そんな場所に一緒にいたくなかった。


俺たち三人は家が隣同士だった。

「秀一、また明日ね」

「あぁ、また明日」

千夏と政親は千夏の家に、俺は自分の家に入った。

明日から定期テスト。

日頃から勉強しているから千夏のように急いでやらなければならないということはない。

今日ぐらいはサボっても大丈夫。

制服から部屋着に着替え、ベッドに突っ伏した。

千夏と政親が二人きりで千夏の部屋にいると思うだけで腹の奥から黒い感情が湧き上がってきた。

(俺だって勉強教えてやれるのに…)

成績でも政親は学年一位、俺は二位だった。

政親には何もかもにおいて負けていた。

それが悔しかった。

だから余計に千夏だけは渡したくなかった。


テストも終わり、順位発表もされた。

結果はいつも通りだった。

千夏はなんとか赤点回避できたと昼休みに嬉しそうに教えてくれた。

「秀一、帰ろう」

放課後、いつものように千夏がクラスに迎えに来た。

しかし、今日はいつもと違った。

千夏の隣に政親がいない。

「政親は?」

「何か用事あるんだって。あたしたちだけで帰ってって」

「そうか…。んじゃ、帰るか」

帰り道、大通りを歩いていると向こう側を政親が歩いていた。

「おぉーい、まさ…」

千夏が声を掛けようとした時、政親の隣で手を繋いで歩く一人の美少女がいた。

一目見れば相手が誰なのかすぐに分かった。

学校一の美少女で昨年の学園祭のミスコンで優勝した同じ学年の理奈だった。

「あれ、何?」

「デートじゃないか?」

「彼女できたの?」

「知らないけど…政親の家行ってみる?」

「…うん」


『知らない』なんて嘘だ。

理奈が政親の彼女なのは知っていた。

政親本人から言われた。

「僕、新しい彼女できたんだ。安達理奈あだちりなって知ってるでしょ?」

「学校一美少女と言われている子か?」

「そう。その子」

「お前いつまで千夏を放置するんだよ。いい加減千夏の気持ちにも応えてやれよ」

「それは無理」

「どうして!」

「千夏は幼馴染だから。僕の中でそれ以上にも以下にもならない」

政親の中で千夏はただの幼馴染であって、特別視はしないと分かった以上、俺も本気を出すことにした。

千夏を壊す。

それが千夏を手に入れるための一番手っ取り早い方法だった。

だから政親がデートで大通りを歩くことを知っていて、わざと千夏に政親と理奈のデートを目撃させた。


その日、夜になって千夏と二人で政親の家に行った。

「政親、理奈と付き合ってるの?」

「そうだよ」

「千夏は次くらい?」

「んー、分かんないかな」

「いつになったら彼女にしてくれる?」

「んー、分かんないかな」

「千夏は政親の彼女になれる?」

「んー、分かんないかな」

政親の煮え切らない返答を聞いていて、頭に血が上ってしまった。

「はっきり言ってやれよ!曖昧な応えじゃなくて」

「千夏ははっきり言ってほしい?」

「…うん」

「じゃぁ、言うね。千夏とは付き合わないよ。未来永劫ね。千夏は僕の彼女にはなれないよ」

政親は笑顔ではっきり言いきった。

千夏は真っ青な顔で部屋を飛び出した。

俺は千夏の後を追った。

千夏の部屋に入ると、千夏は真っ青な顔のまま薄暗い部屋の床に呆然と座っていた。

「千夏?」

「薄々気付いてはいたよ?彼女になれないんじゃないかって…」

「俺が余計なこと言ったから…」

「修一のせいじゃないよ」

「でも…」

「はっきり言ってもらえてよかった…はぁ…もう生きていたくないなぁ…」

そう言う千夏の手にカッターが握りしめられていた。

「千夏、これは危ないから離そうな?」

そっと千夏の手を握り、カッターを奪い取った。

「もう死にたいの…死なせて?」

「それはできないよ」

俺は力いっぱい千夏を抱きしめた。

これでもかっていうくらい、息をするのが苦しいくらい抱きしめた。

今まで言うまいとして、ずっと千夏には隠してきたことを曝け出すことにした。

「政親の歴代の彼女の名前知ってるか?」

「知らない」

「理奈に始まって、ミカ、リカ、ユカ、ルカ、モカ…。千夏の名前に近い子ばかりなんだ」

「それで?」

「俺、聞いたんだ。どうして千夏の名前に似てることばかり付き合うのかって。そしたら、千夏が政親と付き合えないんだって自覚させるためにしてるって言ってた」

「本当に?」

「直接政親から聞いたから間違いない」

反応のない千夏の顔をふと見ると、千夏が壊れていた。

表情がなくなって、目が虚ろとしている。

(この時を待っていた)

「それに、千夏が死んだら俺が生きていけなくなる」

「どういうこと?」

「俺、小さい頃から千夏が好き。千夏は政親ばかり見てたから知らないと思うけど、ずっと千夏のことが好きなんだ。俺は絶対千夏を泣かせたりしない。幸せにするよ。だから俺にしろよ」

「修一はあたしが好き?」

「好きだよ」

「…修一と付き合う」

弱っている所に漬け込むのは最低だと思う。

そこまでしても千夏が欲しかった。

どんな手を使っても千夏が欲しい。

やっとの思いで手に入った千夏。

にっこりと笑う千夏の笑顔は最近まで政親の隣にいた元気溌剌とした笑顔ではなく、人形が笑っているかのような怖い笑顔だった。

それでもよかった。

千夏が俺の手に入るんだから。

どんな千夏でも愛し抜く覚悟はしてある。

心が壊れた千夏なんて今まで何度も見てきたから、見慣れている。

(やっと千夏が手に入った。千夏自身も、千夏の心も…)

俺はやっと政親に勝つことができた。

確信を得るために、少し体を離し、千夏に尋ねる。

「ねぇ、千夏。俺と政親、どっちが一番?」

「修一が一番。政親はいらない」

やっと手に入れた。

やっと千夏の一番を手に入れた。

俺の完全勝利だった。

ずっと待っていた瞬間を迎えた。

少し体を離していて寂しかったのか、千夏から抱き着いてきた。

これで千夏の心も全て掌握した。

壊れた千夏は小さい頃に戻ったかのようでとてもかわいかった。

(もう千夏の人生は全部俺のもの)

千夏を手に入れるために友情を壊した。

千夏自身を壊した。

そっと抱きしめて千夏の耳元で囁いた。

「もう離さない。ずっと俺だけのものなんだから」

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崩壊 伊崎夢玖 @mkmk_69

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