柔らかな鎧
普段はSサイズの洋服を着ているくせにこんな日は決まって、メンズ向けパーカーのXLを着てしまう。
恋人からの「大事な話」はいい話だった試しがない。
女同士のカップルなのだ。「できちゃった」なんて嬉しい話でも「結婚しよう」なんて楽しい話もない。
前の彼女のサキちゃんは周囲にバレてしまったから距離を置きたいと言われて音信不通になってしまったし、その前のたか子さんは「自由になりたい」と言って世界へ放浪の旅に出てしまった。
その前のエミちゃんは、私のキスが嫌いだと散々セックスをした1年後に言い放って去っていった。
歴代の元カノ3人に共通しているのは皆、胸がでかいことと別れ話の時は必ず「大事な話があるの」とメールで呼び出した。
だからきっと、今の恋人の亜矢も「いい話」じゃないのだ。
駅前の待ち合わせスポットは、一様にこれからの楽しい時間を思ってキラキラした顔が待っている。
まるで、この人たちの誰の目にも私は見えていないかのようで少し、ほっとした。
パーカーのフードを被って、私の周りの世界をシャットアウトする。
この格好を見た亜矢は笑うだろうか。
それとも、私が別れを悟っていると勘づいてしまうだろうか。
彼女の反応を考えると、こんな日なのに広角が少し上がってしまった。
「ユキちゃん・・・」
聞き覚えのある、甘えた声が雑踏の中で耳に届く。
少しだけ視界を広げると、少し困った顔の亜矢と知らない顔の男。
話すことなんて、何もない。
亜矢の腰に添えられた知らない顔の男の手が語っている。
「亜矢、彼氏、できたのね。」
困った顔した恋人。
「ユキちゃん、ごめんなさい」
甘えた声で残酷なセリフを当然のように呟く彼女を私は許すしかないのだ。
亜矢は根っからのレズビアンじゃない。恋愛対象が迷子だと寂しそうにしていたから私が拾ってしまった。拾ったからしばらくは様子を見よう、なんて思っていたのに。
私が吐く愛の言葉をそのまま受け取って、そのままの温度で返してくれる彼女をいつの間にか手放せなくなっていた。
「亜矢、おめでと。バイバイ。」
XLのパーカーは万能じゃない。
愛した恋人にせめて泣き顔を見せずに別れるための鎧なのだ。
私を呼び止める声はしっかりと届いてしまう。
私を呼び止めて、別れを告げようとする甘えた声が届いてしまう。
頭のなかで彼女の声が何度も響いては消えていく。
振り切るように私の足は速度を上げた。
呼び止めるくらいなら、追いかければいいのにね。
小さく小さく元彼女への毒を吐く。
別に本気じゃなかった。
次までのつなぎでしかなかった。
清々した。
男が好きならそれでいいじゃないか。
どうせ、あんな甘えた振られるに決まってる。
ズタボロに傷つけられてしまえばいい。
傷つけられて、もういっそのこと死にたい、って追い詰められた時に会いに来ればいい。
指さして笑ってやるんだ。
お前みたいな甘えたはうっとうしがられるんだぞ、って。
だから、私にしとけって。
笑ってやるんだ。
情けない妄想をする私を、呆れた月が笑った気がした。
波打ち際でさようなら。 チロ介 @chiro_sk10
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