波打ち際でさようなら。
チロ介
さようならはまた今度。
愛していた。
言葉にするのは簡単で、まるで決まったセリフのようにすらすらと出てくるのに。
あなたの背中を見るとどうしたっていろんな感情に支配されてしまう。
そんな自分が、私はどうしても好きじゃなくて。
ノブと夫婦だった時間は、わずか4年と3ヶ月。
恋人だった時間は、2年弱。
トータル6年3ヶ月。
人生から見ればたった数年だ。
それでも、愛着も執着も恋人のそれとはかけ離れている。
結婚する時に誓った言葉も、約束した最後の言葉も私はまだ覚えているし、ノブだって同じはずだ。
それでも彼は私と一緒の未来はもう見えないという。
私のいる家に帰るのが苦痛だという。
あんまりだ。
私がいったい何をしたと言うの?
そんな言葉が出かかると、決まって彼は「ヨリのせいじゃないんだ」って悲しい顔をする。
あんまりだ。
愛している人の悲しい顔を見てもなお、わがままを言えるほど、私は乱暴になれない。
ノブの言葉が続く前に私は頷いてしまった。
きっとこの選択を、この答えを、私は一生忘れない。一生後悔し続ける。
そうわかっていても、私が頷いた後の彼の安堵を見なかったことにできなかった。
海に沈む夕日は、いつだって優しい。
今日も一日、無事に生きていられたよ、なんて言ってみたくなる。
ノブと初めてデートをしたのも、プロポーズをされたのも、ウェディング写真を撮ったのも、離婚を告げられたのも、全部がここだった。
離れたくないと言っていたなら、ノブは今も私の隣にいたのだろうか。
綺麗な景色やおいしい料理。怖い映画や面白い本。誰かと分かち合いたいと思うもの全て。
私は未だにノブの顔が浮かぶし、ノブ以外の誰かが浮かぶことはない。
ノブと離れて6年3ヶ月。
ちょうど、ノブと一緒にいた時間と同じだけの時間をノブがいないまま過ごしてきた。
きっとこれからもそうだと思うし、そうであってほしいとさえ思う。
恋人がいた時期もあったし、再婚を考えたこともある。
それでも、ノブ以外を夫と呼ぶには物足りないし、家庭を一から作り上げることは単純に億劫になってしまった。
次にここに来るときは、倍の年月が必要になるだろう。
節目で来ていた場所には節目に訪れたいのだ。
その時まで、やっぱりノブの顔しか浮かばないままの私でいたい。
―やっぱりノブ以外は考えられないか。
なんて、呆れてみたい。
そうなった時、やっとあなたの背中を見送れるんだ。
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