プロローグ

私が警視庁刑事部鑑識課に異動となって早三年。元々私がそれ以前にいた部署は刑事部捜査一課強行犯係だ。そこにいた初めの頃はとにかく目の前の凶悪犯を捕まえる事に躍起になっていたが、1年目に差し掛かると、犯罪者を捕まえるだけではない、被害者や被害者遺族を救いたいという純粋な思いも生まれ始めていた。大学時代に理工学部に在籍していた過去がある私は、そこで培った科学的視点で被疑者の特定や行動パターンを推測して、徹底的な裏取りで数多くの難事件の解決に貢献してきた。でも、忘れてはいけないのが、それは全て鑑識課の人達が丹念に物証を調べ上げ、私達にそれを提出してきてくれるからだ。そして、私はその鑑識課に在籍している。異動理由は上の話では不祥事や捜査ミスみたいな分かりやすい理由では無い、単純に私の能力を評価しての事だ。私は上司に『分かりました。鑑識課の仕事、有難くやらせて頂きます。』と二つ返事で了承した。

私の教育係は森坂衛警部補、年齢は本人は言いたくないそうだが、私から見ても外見は30代は軽く超えている。物腰も声も柔らかいが、何処と無く『鑑識のスペシャリスト』とも呼べる人物で芸能人では俳優の安藤政信に似てる人だ。

「宮町さん、鑑識キットの点検は何時もきちんとしてますよね?」

「きちんと朝早くには完了してますよ、森坂主任。」

ここ数ヶ月は森坂さん以外の人と鑑識作業を行う場面も増え、新人教育も私に割与えられる機会も増えた。それでもこの人といると素直に先輩と後輩に戻れる、自分としては不思議な関係だなと思ってる。

「それに科捜研の澤村さんも今日の臨場に来て下さりますしね?」

「えっ、本当ですか?」

私は慌てて鑑識課の部屋にある鏡で自分の顔をきちんと見て身だしなみを整えた。

「まるで恋する乙女、ですね。」

「もう、からかわないでくださいよ。」

澤村一貴、35歳。科捜研、通称:科学捜査研究所法医科に勤める彼は幾度となく私の危機を救ってきた恩人で私の想い人でもある。

「彼も何だかんだ我々に対して心を開いて来ましたよね。3年前は少し影が漂っていましたが、それも【恋人の存在】があるからでしょうかね、ハハ。」

「恋人って、えっ、私以外にいるんですか、澤村さんにそういう方は?」

「引っ掛かりましたね、宮町さん。カマをかけたんですよ~。」

「もう、森坂主任、最低!!」

そんな在り来りな会話でもここ、警察の世界では有難いと言えるほど貴重な時間だ。

そんな時1本の臨場要請が入った。

「警視庁より各局、警視庁より各局。品川PS(所轄警察署の意)管内で30代女性の刺殺体が発見。現場には品川PS捜査員や地域課警ら隊の他、警視長刑事部捜査第1課殺人捜査係並びに機動捜査隊及び鑑識課への臨場要請を願いたい。――」

「来ましたね、臨場要請。」

「そうですね。行きましょう、宮町さん。」

これが後に私達、鑑識課を揺るがす大事件に発展するとは、私はこの時露ほど知らなかったのである。――

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