第5話 見慣れた天井
沢山の人がごった返している石造りのスラロープを上がって、三条通りから鴨川を見下ろす。
「こんなに寒いのに、あいつらは何やってるんやろ?」
ポツポツと川沿いに並んだ、エネルギーに溢れたカップルに向けて放った僕から出た言葉は、あまりにも相反したエネルギーのせいで目の前にポロポロと落ちだした。
三条通りを西へ。僕はトコトコと歩いている。
怒涛のように向かってくる人並みを、器用に身をかがめながら、そそくさと足早に集団の切れ目切れ目を縫っていく。
「どこか遠くへ行きたい」
それを思う前に何か想うことがあるやろ
「あれをこう言っていたら」
結果が全てと言ったのは誰や?
「やっぱ、あれは嘘や」
最低やな
「すまん!」
ほんとに言えるのか?
「すまん!」
何処か遠くに行って全てを忘れたいという雑念を、ヒーローマントのような上着で振り払う。僕が持っている服の中では唯一、まともに防寒ができる彼女がくれたコートがなびく。
殴られるか、もう遅いと言われるか、それとも「おかえり」と奇跡的に迎え入れてくれるか。
本日二度目のターニングポイントに怯えながらも、「言わなければ後悔する言葉がある」と確信をもって、三条通りを寺町方面へ走り出した。
「僕はなにやってるんだ...」
失望した自分に対してなんとか希望を見出して、グっと唇を噛んだ。
『そういえばあの時、一瞬だけど何かが見えたんだ。
あの緑色の物体から黒い何かが発生したと思った瞬間、僕の体は物体もろとも包み込まれた』
寝る瞬間は意識すればなんとなく感じれるようになる。
ただ目が覚める瞬間にたどり着いた事は未だにない。毎日、なんの前触れもなく朝がくるとスッと目が開く。意識しようとしていた事すらも忘れて。
今回もその通例どおりに目が覚めた。
スッと不思議といつものようにマブタがあがった。
夢...?
「ここは...」
違和感があった。
旅先のホテルで昼寝をして起きた時。一瞬だけ感じるあの感じに似ている。
視線の先には見覚えのある天井。
と、思った瞬間、反射的に上半身が90度折り曲がり飛び起きた。
かぶっていた布団も綺麗に谷折りになる。
「...ちゃんと布団をかぶって寝ている?」
思考は経験からその状況を判断するのだろう。
(また、飲み過ぎて帰ってきたのか?)
「いや、違う!僕は確実に...」
あの瞬間の続きが再開されると身体が感じたのか、大量の冷や汗が吹き出し、鼓動はみるみる速度を上げていく。
左右の掌をじっと見つめながら、思い出したくない恐怖と、思い出さなければいけない不思議な義務感が対峙している。
「何だったんだ...」
視線は再度、天井を捉える。
見覚えのある天井。
そこから吸い寄せらせるように、右に楕円を描きながら目線を落とす。
「え...」
そこには " i mode " と可愛らしいフォルムの字体が刻まれたネイビーの携帯電話が、敷き布団の右側、畳の上に無造作に置かれていた。
折りたたみ鏡のように上蓋部分を180度開くことが出来るタイプの通称「パカパカ携帯」
グレーのシンプルなストラップも結ばれている。
何度も落としたか、ぶつけないと付かない傷が全体にあり、とても可哀想な見た目でもある。
僕の半信半疑な好奇心は右手に伝わり、携帯電話を持ち上げた。
想像したより重たいと感じたそれを、左手のひらに乗せ替えて右手で上蓋を開いた。
「カチン」とここが全開です。と教えてくれる聞き覚えのある音がして、懐かしさと、愛らしさか何なのかよく分からないまま、右手のひらで液晶画面を撫でた。
手慣れた手つきで自然と赤い電話のマークを長押していた。
真っ黒の画面から【Docomo】
2・3秒後に【i mode】
液晶画面から256画素の必死さを感じる画像が浮かび上がって起動した。
時の流れとさまざまな記憶が蘇り、僕の心は一瞬の緩んだ。
それにつられて僕の頭脳も休息を取ろうとしたその瞬間、僕の背筋はビクン!と伸びた。
【2005/10/27】
256画素の愛らしい画像が浮かび上がっている。
「2005年...」
冷や汗と鼓動の祭りが再開する。
僕は咄嗟にあるものを探して、右手をズボン右ポケットの中にしのび入れた。
ガサゴソする手間もいらないほど手慣れた手つきで、ズボンから右手とそれを勢いよく引っ張り上げた。
何度も落としたか、ぶつけたかしないと付かない傷が全体にある iphone7 には綺麗すぎる数字が並んでいる。
【2021/10/27】
考え尽くされた画面設計のおかげで左上の【圏外】の文字も同時に視界に入った
寺町マーケットストリートわかればなし モルマル @8syokunoniji
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