2番目の恋人――sideB

月波結

2番目――sideB

 どんなにがんばったって、覆せないことがある。

 それは恋愛でも同じだ。

 オレはみのりの「2番目」で、決して「1番」ではない。


 後から来たオレが1番じゃないのは仕方がない。こういうのはどっちをより好きかということじゃなく、先につき合ったのはどっちかという観点で決められるからだ。

 だから時系列から見て、オレはどうしても1番にはなれない。彼女が彼氏と別れない限り。あるいは彼女が彼氏にふられない限り。


 あの日、みんなで泊まりに行った民宿近くの海岸で、みのりはオレにつき合えないと言った。絶望的な展開だった。彼氏がいるとは考えてもいなかった。オレが散々呼び捨てにしても、照れくさそうに拒むことなく笑っていた彼女に、実は他につき合っている男がいたなんて。


 思えば仲間内で遊んでいる時に、彼女はみんなより先に「用事があるから」と帰っていくことが多かった。その用件はみんなにとってあまり問題ではなかったので、誰も聞いたりはしなかった。考えてみればその時に彼と会っていたのかもしれない。


 情けないことにオレは彼女を心の中で疑うような男になってしまった。誰よりも大切な人をいちばんに疑う。それはオレ自身にとっても苦しいことだった。


 とにかく夏の海辺で彼氏の話を聞いた時、最初は諦めようと彼女の腕を離した。けれど、もう一度その腕を掴んだ。諦めきれなかった。

「2番目でいいよ。もし、みのりがそうしてくれるなら」

 自分でも信じられない言葉を、オレの口は吐き出した。

「……佐山くん、本当にそれでいいの? わたしが彼と別れるとは決まってないんだよ」

 一度だけ口づけたその柔らかい唇で、彼女は少し残酷なことを言った。それは心を鈍く傷つけたけれど、どうしようもないことだった。

 要は2番目でいる間に、彼女にとって1番になってしまえばいいんだ。そうすれば彼とは別れるんだろう……。そんなふうに物事を捉えていた。


 みのりの彼は高校の時の同級生で、今は違う大学に通っているらしい。電車でたっぷり2時間くらいかかる通学時間のせいで、彼女と彼は思うように会えなくなった。

 一緒にいられる時間は、オレの方が断然多かった。それはチャンスだった。

 仲間内ではオレとみのりは恋人同士として認められていて、何処へ行く時でも二人で行動した。できるだけみのりと離れたくないとそう強く思っていた。みのりもそれに嫌な顔をせず、オレについて来た。

「佐山くんといると嫌なことも忘れるなぁ」

 と俯きがちにそう言う時、彼女は耳まで赤くなった。オレは人気のない舗道で、そんな時、彼女をしっかり抱きしめた。オレたちの間にある難しいことを忘れてほしかった。


 ある日のことだ。

 やる事も特になく、空きコマにブラブラと生協の方へ向かっていた。雑誌でも見ようかと思っていた。立ち読みもいいけれど、生協で買うと雑誌も割引されて得だった。

 ふと、みのりを見かける。彼女は講義に出ているはずだった。どうしたんだろうと、声をかけようとして思いとどまる。隣りに、男がいる。

 その男はみのりのすぐ隣りで楽しそうに笑い、みのりもまたリラックスした笑顔を見せていた。二人の仲はとても親密そうだった。そこにはまだオレとみのりの間にはない、長く共有した時間があった。

 声をかけることなどできず、そのまま予定通り生協に入る。情けなさでいっぱいになる。

 ――2番目になるって、こういうことだよな。

 みのりのそばに行きたくても近寄ることも出来ず、いつもは彼氏面していても声もかけられない。何しろ相手は「1番」なんだから。


 その日は帰りも一緒になることはなかった。連絡もしなかった。ただ一人で傷ついていた。


「昨日は何も連絡もしなくて1日が終わっちゃったね」

 少し拗ねたふうにみのりは翌朝、そう言った。作り笑いをして、「そうだね」と呟いた。

「メッセージくらいくれるかなぁと思って、待ってたら遅くなりすぎて、わたしから送れない時間になっちゃったの」

「そっか。オレも帰りに会えなかったから連絡しようかなって思ったよ」

「じゃあしてくれたら良かったのに」

 喉の奥に何かが詰まってしまって、声が出ない。でも声になったとしても何が言いたいのかわからなかった。言葉にするのはとても無理なように思えた。

「会えなくて、寂しかったよ」


 結局オレは痩せ我慢をし続けていただけだった。「2番目」なんかでいいはずがなく、誰に遠慮することなくみのりの彼氏だと大声で言いたかった。独占欲、という言葉が頭を巡る。


「あのさ」

 みのりと一緒にぐるりとキャンパスを散歩している時、思い切って声に出した。みのりは首を傾げた。

「あのさ、この前、会えなかった時。本当は見たんだ。彼氏といたところを」

「……」

 彼女はオレの目を透き通った視線で見つめた。初めてキスした時のように、彼女の唇は薄く開いていた。時間が止まっていた。

 そのうちみのりは顔にかかった髪を耳にかけ、瞳をやや伏せた。

「えっと、彼がわたしの学校を見たいって」

「うん」

「それでね、案内してたんだよ」

「うん」

 もう、目が合うことはなかった。

「それでね……、一緒に帰れなくて、連絡もできなかったの。ごめん」

 それだけ言うと、まるでドラマのように彼女は走り去ってオレは追いかけはしなかった。もう全てがダメになったと感じていた。


 それなら。

 きちんと終わらせないといけない。

 ずるずるしていたら、きっときっぱり切れることは難しい。いつまでも降って来ない幸運を待っていても仕方ない。

 みのりを呼び出した……。


 ざわざわした人々の喧騒の中、みのりは現れた。先に買ったポテトをつまみながら、コーラを飲んでいた。氷がチラチラ、カップの中で揺れる。

「待たせたかな……」

「そんなに待ってないよ」

 みのりはオレの対面に座ると、居心地の悪そうな顔をした。

「何か買ってこようか?」

「じゃあ、オレンジジュースをお願い」

 席を立ってレジに並ぶ。一生懸命、他の客にハンバーガーを袋詰めしている店員を見ながらジュースが出るのを待つ。

 そのジュースを持って席に戻った。

「それで、呼び出したのはさ」

「うん」

 みのりは指で目元を押さえた。

「大丈夫、続けて」

「オレ、みのりのことが好きなんだ」

「うん」

「だからさ」

 彼女はもう明らかに涙を浮かべていた。つき合い始める前に、オレに「彼氏がいる」と告げた時と同じ顔を見せた。

「1番にしてほしい」

「このままでいいはずないって、ずっと思ってたの。佐山くんのことを好きになって、こんなふうでもどんどん好きになっちゃってわたしは狡くなっちゃったの。でもね、この間、洋ちゃんが来て思ったの。『ああ、違うな』って。大学が違っちゃっただけなんだと思ってたけどそうじゃなくて、隣りにいつもいてほしいのは……」

 頬を涙は伝っていく。でも彼女は口元を手で覆った。

「……遅いかもしれないけど、決心が着いたの。佐山くん、これからも一緒にいてくれませんか? あの時、海で告白してくれてすごくうれしかった。だってあの時にはもう、佐山くんを好きだったから」

 彼女が口元を押さえる手をそっと、握る。こんなに驚くことが世の中にあったのかと驚く。その驚きは、静かにひたひたと足元からやって来た……。

「昨日もう、別れたいって言っちゃったよ」

「ごめん」

「わたしの1番、もらってくれるよね?」

「欲しかった、ずっと」

「隣りにいてくれるよね?」

「約束する」


 そうしてオレは1番になったんだ。






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