二番目どまりの繰り上がり。
紅井寿甘
ぎんいろストライク
だすん。音を立てながら、スマホの厚みの三倍くらいの抽選券の束をテーブルの上に叩きつける。
「引けるだけ、引きますっ」
ショッピングセンターの一階で、ほんのりとした気合いと共に係の人に宣言する。
米から飲料水から家電まで、家族が丁度色々と入り用で買い替えたばかりに、バカみたいに溜まった抽選券。
こういう機会は二度と無いだろう。……厳密にどれだけ引けばキタイチってやつ的にどうこうとかはわかんないけど、私にとって最大最後のチャンスであることは変わりがない。
(一等の、遊園地のペア券が欲しい……!)
17歳、乙女。今特定の彼氏が居るわけではない。部の先輩に片思いをしているだけだ。……そして、思いを打ち明ける勇気もないのだ。
だから、何かのキッカケが欲しい。……こんなの持ち出されても重いのでは? とか、そういうことを気にしてもいられないのだ。
何かのきっかけがあれば。……神様に、あの人に、一番だって選んでもらえるような、そんなきっかけがあれば。
私だって何か、変われるかもしれない。できるかもしれない。そう信じてみたっていいじゃないか。
(……そのためにっ)
ガラガラの取っ手を握りしめる。心なしか、係のおばちゃんの視線も応援してくれている気がする。
強く祈りを込めて、じゃらんじゃらんと音高く、ガラガラを回し始めた――
――の、だけども。
「あと三回だねぇ」
「はい……」
「頑張って、ね?」
「ありがとう……ございます……」
腕が結構疲れるくらい回して、得たものは総計四千五百円ぶんくらいのショッピングセンターの商品券と、数えきれないくらいのポケットティッシュくらいだった。
心なしか係のおばちゃんの視線も憐みになっている気がする。ちょっとを通り越してかなりみじめになってきた。
体に鞭打ってガラガラを回す。玉の色は、黄色、白、そして。
「おめでとうございま~す!!」
「うへぇ!?」
係のおばちゃんが、突然大声を上げてベルをガランガランと音高く振り回す。驚きのあまり女子にあるまじき声が出た気がするが、そんなことより。
「あ、当たりました!?」
「二等、コシヒカリ10kgです!!」
トレーで輝く玉は、銀色だった。
そして。
「……どうしよ、これ……」
10kgのお米と、大き目のレジ袋にパンパンになるまで詰め込まれたポケットティッシュ。
家まで持って帰るのも面倒だ。というか、無理だ。
痺れた腕と折れた心で、米を担いで家に帰るのは不可能だ。
米袋に腰掛けながらため息をつく。
「何やってんすか、センパイ?」
「え……あ」
俯いていた顔を上げると、見下ろしているのは後輩君だった。人好きのする少年であり、いつも元気な子だ。
「いや、福引でお米が当たったんだけど、家まで帰るのが無理そうで……」
「ご家族と車で来てるわけじゃないんすか?」
「ううん、バスで」
「……なら、運んできましょうか?」
「えっ、その……それは、悪いよ……?」
「普段からお世話になってるんだし、そんくらいさせてください。……あ、家まで押しかけるのが迷惑だったらアレなんすけど」
「……その、じゃあ。バス停まで運ぶの手伝ってくれるかな」
「うっす!」
運ぶ間、ポケットティッシュめっちゃありますねとか、こないだテレビが壊れて買い替えることになってねとか、そういった他愛もない話をして。
あっという間にバス停まで辿り着く。
「あの、ありがとね?」
「いえいえ、どってことないっすよ」
「……というか、私より背ぇ低いのに、お米持ってても全然平気っぽい……」
「一応、男子っすから」
胸を張ってにこりと笑う。
その笑顔の背中から、バスが走ってくるのが見える。
「あ、バス来る……本当にありがとね? なんか今度お礼するから……」
お米を持って立ち上がろうとして。
「いいっすよぉ、別に。センパイに学校の外で会えて、いいとこ見せられただけで十分っすから」
そういって、彼はにっかりと笑った。
「え」
「じゃあ、また学校で会えると、楽しみにしてますんで」
そのまま、小走りで去って行ってしまう。
「……」
お米を担いで、一番後ろの座席に転がり込む。あれは一体。
ああいうのをサラリとできる人間こそ、二番目で止まらずにいられる人なのか。
いや、あれは。『ああいうの』、なの?
頭がぐるぐるして、耳のあたりが熱くなる。お米を担いで動いただけでは、どうやらないみたいだ。
二番目どまりの繰り上がり。 紅井寿甘 @akai_suama
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