大震災の記憶 ―仙台市・荒浜―

 

 3月24日。


 僕と父は、仙台駅へと降り立った。

 単純な宮城旅行というのもあるが、それよりも大震災の記憶、すなわち被災地を訪れることが第一であった。

 地元から東京駅。そこから新幹線〈はやぶさ〉で宮城県・仙台。

 まずは父の提案で、るーぷる仙台バスに乗り、青葉城へ。

 かの有名な伊達政宗一族が居城とした地であり、歴史オタクである自分にとってはとても興奮するものであったが、あくまで今回の旅の目的は被災地探訪。

 伊達政宗公の騎馬像・戦没者慰霊塔・宮城縣護国神社・青葉城資料館を一通り見学し何十枚か撮影した後、昼食をとった。


 そこから仙台駅に戻り、地下鉄東西線で荒井駅へ。 

 駅とその周辺は被災していないようだったが人通りは少なく、今日行く予定の場所へ行くバスは一時間に一本。

 そこに乗り込んだのは、僕と父の二人だけだった。

 そのバスは少しずつ被災した沿岸部へと近づいていった。

 被災していない市街地を進む中で、一つのことに気が付く。

 元から人口が少ないのならば分かるが、トラックや大型車両の往来に比べて歩行者が明らかに少ないのだ。

 時間帯のせいなのか、はたまた震災の余波なのか。

 僕には分からなかったが、何だか寂しい感じの街並みだと感じた。

 

 市街地を通過すると、そこには広漠とした畑作地帯が広がっていた。

 しかし農作業をする者は誰一人おらず、目に映るのは畑の真ん中にポツンと置いてあるトラクターだけ。

 それを眺め、メモを取っていると、目的地が見えてきた。

 震災の津波によって甚大な被害を受け、閉校した小学校。 

 

 〈旧荒浜きゅうあらはま小学校しょうがっこう〉。


 近くには多くのトラック・ショベル車が停まっており、津波によって流された更地を整地する地道な作業が続けられていた。

 仮設のテント・作業車・電柱など、震災後に復興したものばかりの中で一つだけ昔からのものが存在していた。

 集団墓地である。

 そのときは震災で亡くなった人々の墓かと思ったが、そうではなかった。

 旧荒浜小で、展示説明を担当していた市役所の職員の方から聞いた話だと、震災前からあった浄土寺という寺の墓地だったらしい。

 震災のとき、その寺は流されてしまったのだという。

 職員の方が震災後に初めてこの地を訪れたとき、多くの人が、倒れていて遺骨さえも攫われてしまった墓石を直しているのを見た、と話していただいた。


 バスは旧荒浜小の前で停まり、僕と父はコンクリートで舗装された地を踏んだ。

 校庭は駐車場になり、多くの乗用車が停まっていた。

 校舎の外観は思ったより綺麗だったが、外壁には一つの横断幕が掲げられていた。


 〈ありがとう 荒浜小学校〉


 児童たちによって書かれ、様々な色で描かれた沢山のハートで装飾された、そんな横断幕だった。

 もう閉校してしまった荒浜小ではあるが、そこには確かに児童たちの想いが、受け継いでいかなければならないものが残っていた。

 そして僕はそれを見ることで改めて、その想いを後世に残していく為に自分ができることをやる、そんな人々の一員になりたいと思った。

 

 旧荒浜小の前にあった閉校記念碑を見て、右側の非常階段入り口の方向へ進んだ。そのときに上を見てみると、二・三階部分共に外ベランダの柵が食い破られたかのように捻じ曲げられ、破壊されていた。

 ピンクだった鉄製のそれは錆びつき、ベランダの床も抉られていた。

 そして校内へ入っていくと、そこには被災の面影が強く残されていた。

 小学校おなじみの、タイルではない緑の廊下。

 そこに数多くの傷が残されており、シート床材の一部は剥がれていた。

 一・二階部分の教室はぼろぼろであり、床どころか電灯も、黒板も、授業で地図を掛ける為の棒も崩されていた。

 それを見ながら、僕は階段を上った。


 校内の四階部分は公開され、展示もあった。 

 それには当時の写真も展示されており、そのときの惨状が映し出されていた。

 海岸に近い地域から押し流されてきた瓦礫が一階・二階部分から内部へ入ってきている写真である。そこには多くのメッセージがあった。

 

 〈思い出いっぱいの場所が瓦礫の山に〉

 〈みんなの大切なものが変わり果てた姿で残された〉


 胸が少し苦しくなるような、そんな感情を抱いた。

 だが、僕は展示を見る中で心温まるようなものも見つけた。


 被災後に児童たちが手作りした被災前の〈荒浜のまち〉。

 絵具と粘土を使って一生懸命表した、今はもうない〈荒浜のまち〉。

 そして、黒板にびっしりと書かれた全国の人達からの応援メッセージ。

 

 ありがとう


 よみがえれ!荒浜!


 震災に負けるな!


 前へ前へ行こう!


 いつかまた、ここで。

  

 数多くの、百なんてすぐに超えてしまいそうなメッセージに、自然と、不思議と、笑みがこぼれた。

 ふと外を見ると、錆びついた柵のずっとずっと遠く。

 そこに、海が見えた。


 あのとき、僕が6才だった時、関東の病院のテレビで目にした、黒々としていて荒れ狂ったかのような海ではなかった。

 この荒浜のまちを見守っているかのような、そんな穏やかな海だった。


 僕はその他にも数多くの資料を参考にして、メモして、撮って、上映していたドキュメンタリー映像をじっと見ていた。

 もう少しここにいたいと思ったが、バスの発車時刻の関係で旧荒浜小を出た。


 その後、帰るのではなく海岸の方へ歩いて行った。

 しばらく行くと〈ふかぬまばし〉と刻まれた石橋があった。

 その橋が架かっているのは、伊達政宗公がつくらせた貞山掘ていざんぼりという大規模・長距離の堀である。

 展示説明をしていた職員の方によると、この堀があったおかげで津波による被害が少し抑制されたのだという。

 まさか独眼竜・政宗公も400年以上たった時代に、自分のつくらせたものが人々の役に立ったなど思いもしないだろう。

 

 それを渡ると、完全に流されてしまったかのように思えた市街地に多くの痕跡があった。

 住居の基盤である。

 その隙間からは雑草が生えていたが、それでも残ってくれていたことに感謝を心の中で述べる。

 

 そして着いたのが、荒浜慈聖観音あらはまじせいかんのん東日本大震災慰霊之塔ひがしにほんだいしんさいいれいのとう

 被災後、平成25年に建てられたものだという。

 僕は、その横にあった犠牲者の名前が刻まれた石板を見る。

 その後、観音と慰霊之塔に祈りをささげる。

 

 未来永劫、この荒浜、仙台、宮城、東北、東日本で起こったような甚大な被害と尊き犠牲を出さないように。


 そう、願った。


 

 僕はしばらくそこに佇んでいたが、父が砂浜の方に行ったので付いていった。

 歩きづらい砂浜を越えて、小高くそびえる堤防の階段を一段一段踏みしめる。

 少し、強い風が吹いた。

 そこには旧荒浜小で見たものと同じ、だが、少し違う海があった。

 穏やかで、静かで、さざ波の音がこだまする。

 だけど、いつあのときと同じ、いやそれ以上になるか分からない、そんな自然の恐ろしさを教えてくれた、偉大な海が。



 荒浜地区。

 自然に囲まれた穏やかな地区。

 そこにあった深沼海水浴場は仙台市内唯一の海水浴場として、市民に親しまれていたという。

 貞山堀の近くには、砂浜まで続く美しい松林があった。

 浄土寺では夏祭りが行われ、大いに賑わったと聞く。

 荒浜小学校では毎日、小学生たちの明るい笑い声で満たされていた。

 

 しかし、2011年3月11日午後2時46分。

 荒浜は巨大地震に見舞われた。

 その約一時間後、高さ10mもの大津波が荒浜を襲った。

 それは荒浜地区を呑みこみ、190名余りの命が消え去った。

 荒浜小学校に逃げ込んだ地域住民・児童・教職員320名は、津波によって孤立した屋上でただひたすらに助けを待った。

 ヘリコプターがその人々を救助し、犠牲者は出なかったという。

 しかし、荒浜地区は災害危険区域に指定されたことで人が住めない土地とされ、移転を余儀なくされた。


 消え去ったのだ、そう、全てが。


 在りし日の荒浜の姿が。


 市民に親しまれていた、海水浴場が。


 美しい松林と、歴史ある貞山掘が。


 浄土寺で行われていた、活気に満ちた祭りと行事が。


 笑顔で学校に通う子供たちと、荒浜小学校が。


 全てを、津波が、さらっていった。


 

 だが、下を向くことは許されないのだ。


 また再び、活気あふれる荒浜を。

 

 子供たちの笑顔あふれる荒浜を。

 

 取り戻すために、前を向かなければいかないのだ。


 絶望し、悲観し、ただ懐古するばかりではいられないのだ。


 これは荒浜の人々だけが向き合っていくべきことではない。


 荒浜のように津波に襲われた地域の人。

 僕のようにニュースで大震災のことを知った人。


 その両者が手を取り合い、復興を目指していく。


 そんな、まるで理想論のような、誰もが考えるようなこと。


 だけど、僕はそれを伝えていきたい。


 この小説を通じては勿論、このことをよく知らない人たちへ。


 自分の言葉で、伝えていきたい。


 そう、願う。



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