いい年した大人がビスコ持ってキョロキョロしてたら目立つ

桜森湧水

第1話

 彼女いない歴二十余年。

 だが、それがどうした?

 彼女など、時間と金の略奪者だ。

 充実した人生に必要なのは、ひとりの女などではない。

『切磋琢磨する好敵手』と『信頼できる仲間』。

 掛け替えのない存在とはそういうものだ。

 幸福なことに、俺には親愛なるギルドの連中がいる。

 生まれてきて良かった。

 まったく、この世界は最高だぜ。


 




 そう思っていた時期が俺にもありました。


 高校生の頃からMMORPGにドはまりしていた俺は、一時期本気でそんな感じだった。周りからどう思われようが一切気にしない、地蔵のような若者だった。


 毎日睡眠時間を削ってゲームに没頭していた。それで幸せだった。


 転機となったのは、ギルドの新人『牛丼ぎゅうどん』との出会いだ。当時の牛丼はゲームがド下手糞だった。うちのギルドは初心者歓迎だったが、俺はギルドのエース。高難度コンテンツを攻略していた。だから最初は交流がなかった。

 

 ある時、ギルド内でミニゲーム大会があった。特に予定もなかったので俺も参加した。その日は二人組ペアになってランダムダイスの数字を競うゲームをした。運任せで戦略性はないが、交流チャットが目的だから問題無い。


 俺は牛丼とペアになった。初めはおっさんだと思って丁寧な言葉遣いで話していた。「僕はシュウです。よろしくお願いします」という具合だ。牛丼はゲーム下手だが勉強熱心だった。俺と一緒に遊びたいから練習すると言ったので、いろいろとアドバイスした。

 

 いつしか俺のことを「ししょー」と呼ぶようになり、俺も師匠役のロールプレイを楽しんだ。徐々にプライベートなことも話すようになった頃、牛丼が女性であることが発覚した。ギルド内のボイスチャットに彼女が参加したのだ。




 MMORPGのユーザーは圧倒的に男性が多い。そのため、若い女の声が聞こえた瞬間、ギルドメンバーおっさんたちは色めき立った。一夜にして牛丼はギルドのアイドルとなった。


 その頃から俺は、他のプレイヤーと牛丼が話していると酷く不快に感じるようになった。白状しよう。めっちゃ嫉妬していた。


 ボイスチャット参加者の中にはセクハラ交じりの会話をする馬鹿もいた。牛丼は「ぜんぜん平気」と言っていたが、俺は平気じゃなかった。やめろバカ! とうっかり本気で怒鳴なりそうになったこともある。



 悶々とした日が続いたある日、牛丼がギルドを抜けた。



 理由はとあるギルドメンバーが執拗にアプローチし、告白までしたからだ。牛丼は断ったが居心地が悪くなってギルドを抜けた。その翌日、彼女からメッセージが届いた。サーバーを移動する、と書かれていた。


 このゲームではサーバーを跨いだ連絡はできない。MMORPGではたびたび人間関係のトラブルが発生するため、サーバー移動で関係をリセットするユーザーは多かった。当然、ゲーム外の連絡手段を確保しておかなければ、フレンドやギルドのメンバーとも連絡がつかなくなる。牛丼からのメッセージには俺への感謝の言葉が丁寧に綴られていた。


『シュウさんに会えて良かったです。サーバー移動してもの教えは忘れません! ありがとうございました。ばいばいです』


 その文面を見た時、衝動的に返信を送った。


『僕も一緒に鯖移動していいですか?』





 鯖移動後、俺たちは常にペアで行動するようになった。二人だけのギルドを作り、高難度コンテンツに毎日挑戦する。それは前鯖にいた頃とは比べ物にならないくらい楽しかった。この世界ゲームは牛丼と出会うためにあったのだ、と感じた。




 告白は俺からだった。

 ボイスチャットではきちんと伝えられる自信がなかったので、チャットで伝えた。

 彼女はすぐにボイスチャットを要求し、通信が接続されるや否や「私も好きです」とだけ言ってログアウトした。


 きっかけはゲーム内の恋愛だった。

 だけど、程なくして、俺たちは現実リアルでも会う。

 俺は池袋。

 彼女は横浜。

 遠距離恋愛と呼ぶほど、距離は離れていない。

 俺たちは互いに、直接会って話すことを望んだ。


 




 初対面の場所は新横浜駅だ。

 互いの声は聞いていたが、顔写真の交換はしていなかった。

 俺の顔は平凡だし、彼女も自信がないと言っていた。

 でも、彼女と一緒に遊ぶのは本当に楽しかったので、外見はどうでも良かった。

 彼女がお気に入りのスポットを案内してくれるというので、デートプランも問題ない。

 ささやかながらプレゼントも用意しようかと迷ったが、デート中の彼女の反応を見て買うことにした。

 後は出会った時、変なリアクションをしないように気を付けた。

 前日の夜にはジャバ・ザ・ハットを思い浮かべながら寝た。

(大丈夫。俺は相手がエイリアンだろうが抱ける。愛せる)

 そんな自己暗示は杞憂だった。




 当日。

 俺たちは目印にビスコを持っていくことにした。

「いい年した大人がビスコ持ってキョロキョロしてたら目立つ」

 そう言ったのは牛丼だったが、それは悪目立ちというのだ。

 指定場所に到着した俺は、不審者に間違われないように懸命にビスコを探した。だが、見つからない。

 その時、スマホが振動した。

『わかっちゃった♪』

 俺は改めてビスコを持った牛丼を探す――すると、スラリとした若い女の子と目が合った。違和感を覚えた俺は彼女から視線を逸らさない。すると、女は口元を抑えてニヤニヤと笑った。

 反対の手でポケットからビスコを取り出す。

 ズルい。

 互いに歩み寄る。

 間近で見ると、牛丼は予想よりも遥かに可愛かった。

 正直、騙されているんじゃないかと疑うほどだ。

 だけど彼女の声を聞いた瞬間、安心した。

 間違いなく牛丼だ。

 初対面だけど、久しぶりに恋人に再会するような気持ちになった。





 こうして、俺はリア充となった。

 牛丼との交際は表向きは順調だった。だが、ロールプレイングから始まったこの恋は、徐々に歪を見せる。


 俺たちは徐々にゲーム内でイチャつかなくなっていった。牛丼はログインする頻度が減り、用事があると言うことが多くなった。別に仲が悪くなったわけではない。むしろ、互いに相手を気遣う態度は変わらなかった。だが、それが良くなかったのだろう。


 俺は牛丼に対して、ほとんど本音、本当の姿を見せていない。例えば、ふだんの一人称は「俺」なのだが、牛丼とのチャット・ボイス通話・リアルでの会話はすべて「僕」で通している。馬鹿丁寧に「です・ます調」で話すことはないが、いつもシュウを演じている感覚があった。

 

 だが、本当の俺の姿を晒す勇気はない。幻滅されるのは恐かった。俺は平凡な顔だし、ゲーム以外にできることなどない。本当は粗野で下品な男だと知られたら……想像するだけで胸が苦しくなった。本当の俺なんかじゃ牛丼と釣り合わない。そう考えた日から、ゲームが楽しめなくなった。正直、もうやめようかとも何度も思った。でも、牛丼との繋がりが希薄になってしまうのはイヤだ。悩んだ俺は逆転の発想する。




 それは、のキャラクターを作ることだった。


 MMORPGで複数のキャラクターを作ることは珍しくない。むしろ、メインキャラ

ひとりで遊び倒すユーザーのほうが希少だ。俺もそれまでにサブキャラで遊んだことはあったが、今回は完全に新規のキャラクターを作って遊ぶことにした。


 新しいキャラの名は「テンテン」

 最初は「ティンティン」にしようと思ったが、自重した。下ネタなんかにも積極的に絡んでいく、という決意を込めた名だ。

 テンテンはカッコつけずに自然体で遊びたい。BANされない程度にははっちゃける予定だ。

 新しいキャラクターでの冒険は非常に楽しめた。大昔にクリアしたシナリオを読み返して懐かしさを覚える。プレイスキルには絶対の自信があったので攻略はスムーズに進んだ。


 徐々に、シュウよりもテンテンとしてゲームをする時間が増えた頃、フレンドの紹介でギルドに所属した。メンバーが5人しかいない小さなギルドだ。


 そこで、運命の出会いをする。


 女ギルドマスター「紅生姜べにしょうが」だ。


 ギルドのメンバーは全員初心者だったが、ギルドの創設者である彼女だけは違った。


 紅生姜はシュウのフレンドと比較しても上位に入る腕前だった。キャラクターのレベルこそそれほど高くないが、ゲーム知識も豊富だ。恐らく、俺と同じ熟練プレイヤーのサブキャラだと思った。


 そんな紅生姜はギルドのムードメーカーでもあった。自称20代前半の女性である彼女は、自分の性癖などを平気で告白する。女の下ネタはえげつないとは聞いていたが、つい半年前まで童貞だった俺にはなかなか刺激的な内容だった。だが、ここで怯むわけにはいかない。「テンテン」の名に懸けて。


「あんた変態じゃないの?」

「馬鹿言うな紅のほうがよっぽどだわ」

「うちは変態だよ。でもさ、彼氏にこういうのなかなか言えないんだよね」

「あー、なんかわかるわー」

「え? ちんこ彼女いるの?」

「いるわ! てかちんこゆーな!」

 

 意気投合した俺たちはいろいろな悩みを赤裸々に打ち明けた。内容はくだらないものからシリアスなものまで幅広かった。いつしか、俺は紅のことをなんでも話せる親友のように感じていた。一周回って『切磋琢磨する好敵手』と『信頼できる仲間』、両方の条件を満たしたソウルメイトに出会えた気がした。


 あまり深く考えるわけでもなく、リアルでの飲みに誘った。

 互いに関東圏に住んでいることがわかったからだ。

 紅は「彼氏がいるから変なことは期待すんな」と告げてから承諾した。

 別にそういうつもりはない。

 俺だって牛丼がいるし。

 日付を決め、集合場所を相談する。


「新横浜は?」

「あー、それはちとマズイ。品川くらいまでなら来れる?」

「おk。あ、目印あったほうがよくない?」

「そだな。何か持とう」

「じゃあ、ビスコにしよ」


 おい、まじか。

 え? ビスコ目印にするのって流行ってんの?


「なんでビスコ?」

「いい年した大人がビスコ持ってキョロキョロしてたら目立つじゃん!www」


 ……wwwじゃねーよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いい年した大人がビスコ持ってキョロキョロしてたら目立つ 桜森湧水 @murancia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ