魔法学院にて愛された男、降臨

灰色キャット

試験発表の日

「緊張してきた……」


 俺はその日が徐々に迫ってくることをカレンダーで確認しながら段々と認識しつつあった。

 マジカレア魔法学院。この国にある城を除くと一番大きな建物を有する場所で、様々な有名な魔法使いを排出したという由緒正しい学院だ。


 そして明日はその学院で行われた試験の結果発表日。

 今年入ったばかりの俺達新米生徒達にとって、自分の立ち位置がはっきりと決まる瞬間でもある。

 別に下だから上だからと言って差別するような場所ではないんだけど、こういうのは気持ちの問題なのだ。


 やはり少なからず空気というか……微妙に接し方が変わってくるもんだし、気持ちの問題的になんとしてもそれなりの順位に付きたいのだ。


 マジカレア魔法学院の試験は三つ。論文・座学・実技だ。

 実技はまだいい。入学したばかりの俺達なんて、どうせそんなに高威力の魔法なんて使えるわけがないし、そういう奴らは推薦状かなんかで特進コースに行ってるのが普通だ。

 だからここは問題ない。俺が言うのもなんだけど、所詮有象無象だからな。


 座学の方も今まで教わったところをきちんと復習していれば問題ない。

 それでも中々難しい問題が出たりもするんだけど、まだ大丈夫。慌てるような時間じゃあない。

 そこそこ出来ていればそれでいいのが座学の良いところだ。


 問題は論文だ。これはマジカレア魔法学院で最初に出される課題。

 自分の魔法や、それに関連する道具・生物の研究を人に発表できる形で文にするというものだ。これだけは魔法の知識やどれだけすごい研究をしてるか、なんてことは問題じゃない。

 要はどれだけ読みやすく、かつ形となっているかが重要なのだ。


 ……もちろん内容も大切なんだけど、新入生にそこまで求めるのも酷だと学院の方も判断してくれているみたいで、あくまでどれだけ周囲にわかりやすく伝わるかが決め手になるってわけだ。

 だが、そこら辺は俺も自信がある。なるべくわかりやすくまとめられそうな研究をチョイスしたつもりだ。


 そして後は天運に託すのみ。

 今後の運命を占う大切な試験の順位発表……いよいよその日が迫ってきていた。



 ――



 そわそわしながら迎えた当日の放課後。

 俺はいつも以上に緊張していて、授業の内容がまともに頭に入らなかったほどだ。


 他のクラスメートもみんな似たようなもので、どこか教室中が浮足立ってる雰囲気があった。

 それも仕方のないことだろう。今日は最初で最後の入学してすぐの試験結果発表日。

 今か今かと待ち焦がれていたやつもいたはずだからな。


「おーい、俺達もそろそろ行ってみようぜ」

「えー、お前一人で行けよ。どうせ今頃掲示板のところは相当混んでるぜ」


 ま、中にはこういう風に全く興味のないやつもいる。こういう奴は大抵、諦めてるかむしろ余裕があるかのどっちかだ。

 ちなみにこいつは諦めてる方。論文の方がうまくいかなかったクチだ。


「大体さー……論文とか何書けよって話なんだよなー。俺達、まだここに来て数ヶ月だぜ? なにをどうまとめるっていうんだよ」

「馬鹿だなー。そういうのはな、ここに入学してまず最初に計画していかなきゃいけないもんだろうに……」


 ぶーぶー文句を言う友人だけど、このマジカレア魔法学院が一年の一番最初に論文を提出させることは有名な話だ。

 事前に準備をしなかったこいつが悪いってもんだ。それでも他の座学・実技ではそれなりの結果を残しているようだからこいつも抜け目がないというかなんというか。


「それじゃあ俺は行くぞ?」

「おーう、ついでに俺の順位もみてきてくれーい」

「はいはい」


 机にだらーっとうつ伏せになっててのひらをひらひらと振る友人を置いて、俺はさっさと掲示板の方に行くことにした。

 あいつはもう完全に諦めモードだったが、さてさて、俺の方はどうなったかな?



 ――


 結果が張られている掲示板にはやっぱり人が溢れていて、目の前にたどり着くのに四苦八苦したが、なんとかここに到着することが出来た。


「えーっと、あいつはーっと…あ、あったあった」


 まず友人の方だが、大体108位……っと言ったところだ。

 一年生は全校223人位いるから半分より少し上ってところか。

 なんだかんだ言ってそつなくこなしてやがるなぁ……。

 これなら可もなく不可もなくってところだ。


 あいつの方もこれならまだマシとか思いそうだし、次は俺の方だな。

 俺俺ー……上の方には名前がない。あれれ? おかしいぞ?

 今回のテスト、それなりに自信あったんだけどなー……。


 友人よりも下に行ってもまだ名前がない。ここまで来るといよいよ俺も焦ってくる。

 なんで? どうしてだ!? 焦燥感に駆られた俺は段々震えが止まらなくなってきた。

 ガクガク震える指をなんとか抑え込んで、どんどん下の順位を見てみると、やっと俺の名前を見つけて、安堵する。


 なんだ、ちゃんとあるじゃないか。一瞬俺の名前がどっか別の場所にでも消し飛んだのかと思っちまったぜ……。


 さあて、肝心の俺の順位はー……【222位】ィィィィ!?

 お、おまえ……そんな馬鹿な……。慌てた俺は一度目を閉じてゆっくり深呼吸。


 落ち着け……落ち着け俺……きっとこれはなにかの間違いだ。だってそうだろう? あれだけ頑張ったのに下から数えたほうが早いなんて有り得ない!


 ……よし、落ち着いた! カッと目を見開いた俺の目の前に現れた数字は――

 2! 2! 2!


 あまりの出来事に卒倒しそうになる。つまり俺はこの一年生連中の中で222番目に能力のある生徒だってことだ……!

 うわー、すごーい。ゾロ目なんて中々見れないぜー? これがスロットだった辺り間違いなしだな!


「あっはっはっはっはー……って現実逃避してる場合じゃねぇぇぇ!!」


 いきなり大声で叫んだ俺に周囲はおっかなびっくりといった様子だけど、そんなもんは知らん。

 なんでこんな結果になったのか、今すぐ確かめてやる!



 ――



「先生先生せんせーーーい!」


 掲示板から職員室に一直線。俺はドアを蹴破る勢いで殴り込みを掛ける。


「ゴルァァァ! 静かに入ってこんかぁぁぁいっ!!」

「す、すんません……」


 それはもう強面のアチラ方面のお兄さんも裸足で逃げ出してしまいそうなほどの形相でこっちを睨んで怒声を浴びせてきた担任に思わず怖気づいてしまい、そのまま頭を下げてしまう。


「んー? なんだ、お前か……。いきなり血相変えてどうした?」


 どうしたのはこっちが聞きたい。180度表情変えてよくそんな器用な真似が出来るな。

 さっきのあんたの方がよっぽど血相変えてるよ。


 と言いたいが、今はそんな場合じゃない。俺の順位の方が心配だ。


「先生、なんで俺が222位なんですか! あれ、何かの間違いじゃないですか!?」

「ああ、あれか……」


 なぜか妙に納得した先生は引き出しをごそごそと漁っているようだ。

 全く、こんな時になにしてんだ? 今は俺のテスト結果の方が大事だって言うのによぅ……。

 なんて焦る俺の事を尻目にバサァっと見慣れた用紙が机の上にばら撒かれた。


「これは……俺の解答用紙?」

「ああ、見事に一個ずつずれてる解答用紙だ」

「え?」

「これなぁ、空欄に名前書くんだよ。ほら、お前は問1の答え書く所に書いてるだろうが」


 マジで? とか思って一つずつ確認していくと、確かに……上に大きな空欄がある。その理屈からいくと、1番目は名前が書いてあって、2番目から回答されてあることになる。

 ということは……


「座学……0点!?」

「ああ、いや、お前が間違ってる所、一応正解の部分もあってな。全部2点ずつ獲得してる」


 それが一体なんの慰めになるんだろうか……。

 たかだか2点じゃなにも変えられないだろう! と思わず震えながら拳を握り込んでしまうけど、先生の攻撃は留まることを知らない。


「それでなぁ……実技の方なんだが、お前、火属性の魔法使ったろ? 燃えると危ないから使わないようにって注意したよなぁ?」


 ものすごい目で先生が睨んでくるけど、マジか?

 あの時は結構緊張してたからあんま覚えてないぞ……。


「ま、それでも中々筋が良かったからよ、お情けってことで2点」

「ま、また2点……」

「で、肝心の論文なんだけどよ」


 頭を掻きながら俺を見る先生の目は……ものすごく同情的だった。

 まるで運がなかったな、そういうかのように。

 やめろぉ……そんな目で見ないでくれぇぇぇ……。


「この論文、よく出来てはいるんだけどよぉ……。誰が報告書を書いてこいって言ったよ」

「え?」

「お前のこの論文、もう散々調べつくされた内容をうまくまとめただけってやつだ。今回の試験でこれと同じやつをもう100は見た」


 ひゃ、100……嘘だろぉ!? あれは俺なりに結構自信があったのに……。


「ま、その中でもかなりよく出来たほうだからこれにも2点。で、この結果というわけだ」


 ま、まさか……この俺が……こんな、こんな失敗を犯すなんて……!

 ガクッと項垂れる俺に向かって、ポンと肩を叩いてまるで慰めるように先生はこう語りかけてきた。


「まあ落ち込むな。ほら、こう考えるんだ。これだけ2がずらーっと並んでるんだし、お前は2に愛されてんだよ。順位も一番下から2番目の222位だしな! はっはっは!」

「せ、先生……それ、なんの慰めにもない……」


 こうしてトドメを刺されてしまった俺は、222位の称号と共に、周囲から「2に愛された男『ナンバー2』」として呼ばれるようになり、校内で定着してしまったのだった。


 それから次の試験や、次の年の最初の試験では学年2位を取ってしまったことにより、更に俺の地位は不動の物になってしまったのだった……。

『2の寵愛を受けた男【オンリー2】』、と――。

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