ありがとう Chapter.4
「テ……テメェは?」
滞空する
その背後にて、ロキはニヤリと笑うのだ──「来たかよ」と。
両者の態度を交互の
「聞こえなかったか?
「ぅ……ぁぁ……」
言われるがままに手放し、畏縮に
この女の体術には煮え湯を飲まされた。
さりながら、尻込む原因は、それだけにない。
完全武装の鎧姿に、宙に立てる異能──それだけを見れば、この愚か者でも察しは着く。
自分が逆恨みに敵視していた女は、
だとすれば到底、自分が報復できる相手ではない!
「ブリュド!」
解放された
それに合流すべく緩やかに降下するブリュンヒルドとヘル。
「大丈夫でしたきゃう!」
穏和に安否を気遣った直後、ブリュンヒルドは尻餅に珍妙な声を上げていた。
予想していなかったのだ……まさかマリーがジャンプして飛びついて来るとは。
「ったたた……まったく
お
だから、自然と慈母性が
「グスッ……ブリュドォ……」
「大丈夫……もう大丈夫ですよ……」
優しく頭を撫でる細指。
そんな心を
一方で、彼女自身に浴びせられる注視は穏やかなものに無い。
「ヘ……ヘルだ!」
「先代領主だ!」
ざわめく畏怖。
注がれる
同時に人々は確信するのだ──
「嗚呼、終わりだ……ダルムシュタッドの平和な時は終わったんだ」
「また冥女帝に魂を
悲嘆が
かつて
それが〈
基本的に対象は老人であったが、それもその時によって変わるので宛にはならない。時として子供が対象の時ですらあった。
いずれにせよ後日の葬儀に
人々にとって〈冥女帝ヘル〉は、絶大な畏怖を
その復活を喜ぼうはずもない。
そうした
(慣れている……
だがしかし、強い意志力に向けられる敵意を受け止めた
優しく
「言ったはずだ。
卑劣な暴漢を呑む威圧。
「ぅぅ……」
背中がトンと障害物に止められる。
肩越しに見れば、自分が忠誠を捧げた
無造作に立つロキは軽い
と、
「嗚呼、どうか御守護を! いまこそ
再び無関心な関心が注がれる。
「……ボチボチ役に立て」
ロキの冷淡な
「……え?」
五体を支配する強い痺れ。
そろそろと視線落としに確認し、ようやく状況を把握する。
「言ったろ? オメェみたいな
「ひ……ひ……ひぃぃぃ!」
認識した
「オイオイ、心配すんなぁ? ただ
予想だにしなかった残虐な挙動には、臨戦を心構えていたブリュンヒルドも意表を突かれる!
「ロキ! 何を?」
「ま……まさか?」
ヘルは
察したのだ──
「な……何……で……ふ……ふざけん……カハッ!」
「無理して喋んなよ? 吐血しちまってるじゃねぇか? 勿体無ぇ──」そして、再び冷徹な凄みへと返る。「──もう血肉すらテメェの物じゃねぇんだよ! 受肉の素材を無駄にすんじゃねぇよ!」
大量の
「うぎゃああああああーーーーーーっ!」
光が暴れる!
細胞の間を抜け!
体内の隙間に膨張し!
目から!
抑え込めない暴力が体内で暴れた!
「
自分が持っていない物を、こんな三下が持っている──それが腹に据え兼ねた。
「ロ……ロキは、いったい何を?」
「気を抜くな! ブリュンヒルド! すぐに来るぞ!」
みるみると膨らんでいく
膨張していく!
変形していく!
「ぁ……ぁぁ……」
残虐なる刑罰を眼前にして、恐怖と驚愕に固まる人々!
そして、悪夢は
家屋さえも野原の石コロと対比させる規格外の巨体!
天への御柱とすら
体表を埋め尽くす
仰ぎ見る鎌首が
かつて〝
「ヨルムン……ガンド!」
巨大な蛇体を見上げるブリュンヒルドでさえも、慄然とした絶望感に染まる!
巨大蛇怪〈ヨルムンガンド〉──
「やはり
その気構えを
「コイツァよ? 気の向くままに世界中を回游してるんでな。オレですら正確な所在を突き止めるのは難しい。だから、
「餌?」
真意に気付いて振り向く先には、
「さぁ、まずは喰らい尽くせ! テメェの景気付けに用意した前菜だぜ! ヒャハハハハハッ!」
「シャアァァァーーーーッ!」
貪欲に開かれた
無力な餌共を丸呑みにせんと!
「ぃ……ゃ……いやあぁぁぁーーっ! お姉ちゃーーん!」
万物を轟音に吹き飛ばす白い閃光に…………。
「──ッ! マリー!」
強く呼ばれた感覚に〈
これまで以上に強力な帯電は、数秒前に流れ込んだ大落雷の足跡!
「やった! やったぞ! ようやく復活したか! 〈
最初に視認したのは、
「サン・ジェルマン? 此処は……フランケンシュタイン城か?」
懐かしい部屋だ。
見間違うはずもない。
寝台から身を起こそうとしたところ、四肢が
つまりは、
再生させられたという事である。
状況を理解した〈
「うあ……」
足下がぐらつく。
慌ててサン・ジェルマン卿が肩を貸した。
「多少、安定感を欠くのは、まだ戦闘ダメージの余韻が残っているせいだろう。すぐに慣れる」
「うん」素直に心配を受け止め、卿の顔を間近に正視する。「確か、私は
「ああ、そうだ。フェンリルを倒した
そろそろと導かれ、樫椅子へと座らせられた。
「
「私が
釈然としない想いではある。
自分は
心に芽吹く虚無感を悟られぬように抱き隠し、現実逃避に現実を見渡す。
室内は、
一年前に逃亡した、あの日と……。
「サン・ジェルマン……」
「何かね?」
「フォン・フランケンシュタイン──エリザベス・ランチェスカ────」
積年の罪悪感に、卿はピクリと固まった。
「──私は会った」
「そうか」
覚悟はしていた事だ。
だが〈
「幸せそうだった」
「…………」
「もう、ずっと一緒だ……
「……そうか」
それとも、愛しき者達へ
と、ようやく
「ブリュドは?」
「ブリュド? ああ、もしかして〝ブリュンヒルド〟嬢の事かね?」
「うん」
「彼女も無事だ。
「
「ロキの娘だよ」
言われて記憶を探り呼び覚まし、ロキの
「二人は何処にいる?」
何故だか心臓が早鐘のように
嫌な予感がしている。
「さて? 数時間前から見掛けないが、たぶん城内探索でもしているかもしれないな。ロキと戦う手段を模索して……」
ふと雨が叩き荒れる窓へ意識が向いた。
目覚めのきっかけとなった声が晴れない。
だから〈
「……街だ」
「何だって?」
「おそらくロキはダルムシュタッドの街へと入り込んだ。二人は、それを倒さんと向かったはずだ」
「どうして、そう言い切れる?
「……目覚めの刹那、マリーが
「マリー? そういえば〈
「友達だ」
「友達?」
「そう、大切な友達……」
迷いなき断言を返す〈
その
(驚いたな……こんな〈
それを〈成長〉と呼ぶ。
自我の確立だ。
運命に
(それだけ
独り立ちを
だが、かといって〈
「
「違う。
嘘ではない。
本人にしか実感出来ない感覚だ。
樫椅子を離れた〈
アクセントと
ダルムシュタッドの街だ!
間違いない!
燃えるライトアップに、
蛇であろうか?
さりとも、この位置から視認するに、その体躯は巨大である!
それこそ、あの〈
「……マリー!」
無垢なる笑顔が
だからこそ〈
災厄を排斥する
「行く気かね?」
擦れ違い様に
「うん」
部屋の扉を見据えたまま、振り向きもせずに答える。
「勝ち目は?」
「知らない」
「それでも?」
「行く」
「待ちたまえ〈
「止めても無駄」
「ああ、分かっているよ」
穏やかに正面へと回り込むと、両肩を掴んだ正視に語り聞かせる。
「いいかい? あの
「サン・ジェルマン?」
「止めても無駄なのだろう?」
意表を突かれて
「
「そうか。では──」淡い嬉しさに〈
さすがのサン・ジェルマン卿も目を丸くした。
あまりに素直な解釈である。
あまりにも無垢なる魂である。
しかしながら、両者はすぐに砕けた。
二人の胸中には共有されたのだ……。
柔らかな温かさが……。
長らく冷えてきた虚無感に暖炉が灯るように……。
「もうひとつは?」
「それは──」言い淀む。「──それを知るという事は、
「決……別?」
一瞬の
脳裏に浮かぶのは、失いたくないマリーの笑顔……。
だから──「私は〈
それが〈
「グッ……ゥゥッ!」
背後に
比較するに象と蟻だ。
さりながら、互角に渡り合える〈
実際のところ、彼女が〈怪物〉ではなく〈神格〉とされたのは、
が、
「
「キシャアァァァーーーーッ!」
鎮まらぬ貪欲!
猛り狂う
衝突の
それでも
闇空へ大きな弧を描いて旋回する蛇体!
またも弾かれた!
腹立たしきは、
善かろう。
ならば、根比べだ!
卓越した〈
無尽蔵な
迫る
「させない!」
銀の弾丸が横っ面を殴り弾いた!
荒れ狂う
その脇に従えた醜男が、初めて見る人外の応酬に驚嘆した。
「はぇぇ~……こりゃスゲェや……ィヒヒヒヒ!」
「何だ? 逃げねぇのかよ? 下手すりゃ、アイツァ無差別だぜ?」
「逃げる? とんでもない! こんな最高のショーを見逃したら、今後の酒が不味くなりますや!」
「ヘッ……変わった野郎だ」
「けど、旦那さんもヒデェや……あの野郎を〝
「あん?」
調子に乗って倫理観でも説教する気かよ──そう
「
「……変わった野郎だ」拍子抜けに解ける険。「……テメェ、オレに着いて来いよ? 退屈しねぇショーを見せてやらぁ」
「そりゃもう、どこまでも……ィヒヒヒヒ!」
渇いた自嘲に、ロキは
されども、嫌な気持ちに無かったのは何故であろうか。
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